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しおりを挟む『番さまっ……お願いです、どうか、どうか話だけでも聞いてください……っ』
離れへとラヴィエラを監禁したあの日、去り際に彼女は細々とした声でそう願っていた。
苦し紛れで言い寄ってきていると思った私は、彼女を無視し振り返ることなく出ていった。
二度と顔を会わせぬように厳重に鍵をかけて……
あの時、気付くべきだった。
番に拒絶されることがどれほど苦しいことか。
身も心も焼け死ぬくらい辛いことか。
声が聞けただけでもどれほど救われるか。
分かっていれば……こんなことには………
ラヴィエラが国を去ってから一ヶ月。
偉大なる私の運命は、大きく歪み……崩れていった。
■□■□■□■□■□
「失礼致します。陛下、緊急を要する為、今お時間宜しいでしょうか」
乱暴なノックと共に部屋へ飛び込んできたランセルは、すぐに異様な光景に目を丸くさせた。
「これは……」
「なんだ、荒れ果てた私の部屋では話一つも出来ぬと申すのか?」
「い、いえ……失礼致しました」
カーテンを閉めきった部屋の床は書類が散らばり、革のソファーは引っ掻き跡でビリビリに破れ、とてもじゃないが王の自室とは思えぬほど荒れ果てていた。
ランセルは何も言わず、ソファーに寝そべる私を見下ろした。
「陛下……身体の御加減はどうですか?」
「加減だと?最悪に決まっている!あのヤブ医者め、安静にしろとしか言わん。すぐに別の医者を呼んでこいっ!」
「……畏まりました」
身体の不調が出始めたのはラヴィエラが出ていってすぐだった。
軽い眩暈から始まり、頭痛、吐き気、全身に激痛が走り……気付けば1日のほとんどを自室で過ごすようになった。
そして何より、耐え難い消失感。
心にぽっかりと穴が空いたような虚しい気持ちが日に日に増していくのだ。
「それと午後からレイチェル……妃殿下がお見えになるそうですが……」
「断れ」
「陛下っ!」
「分かっている。だが会う気がせん」
背を向けるように体制を変えれば、後ろからハァと呆れるようなため息が聞こえた。
「……陛下、国民たちの間でも動揺が広がっております」
「………」
「番の存在が明るみに出てしまった今、一刻も早くお世継ぎを……でないと番保守派の動きが活発になります」
獣人たちの中には、番との出会いを神格化する者たちが一定数存在する。奴ら曰く、番は獣人として生まれた我々への運命なのだとか。
しかし今回の騒動で、王である私が自らの意思で番を手放したことがバレてしまった。それも他の女と結婚したいが為に。
おかげで王家の信頼はがた落ち、暴徒化する一歩手前のところを何とか踏みとどまっている状態らしい。
「残された道はレイチェルとの間に子を成し、『長年の恋人との愛が番という運命に打ち勝った』というシナリオしかありません」
「……」
「レイチェルには午前中に顔を出すよう言っておきましょう。陛下もそれまでに調子を整えて下さいませ」
ランセルはそう言い捨て部屋を出ていった。
「っ……くそ、くそぉっ!!」
どいつもこいつも好きに言いおって!
ランセルめ、私を世継ぎのための傀儡のように扱いおって……!
あの日から何故かレイチェルに触れることすら嫌悪するというのにっ!
しばらく経つとノック音と共に扉が開く。
「バレイン様」
「……レイチェル」
すぐに訪れたレイチェルに顔が強張る。
早朝だというのに生地の薄いネグリジェを着た彼女を見て、実の父親に何て指示されたのか容易に分かる。
案の定、こちらの返答を無視してレイチェルはソファーに横たわる私に跨がった。
「お身体があまり優れないと聞きました。どうかこのレイチェルに癒させて下さいませ」
「っ……すまないがそれどころでは」
「ふふっ分かっております。陛下がお好きな場所も全部、だから力を抜いて?」
妖艶に微笑むレイチェル。
あれほど愛おしくて堪らなかった彼女からの申し出が……今はとんでもなく迷惑だ。
スルリと手を差し込まれた瞬間、あまりの気持ち悪さに突き飛ばした。
「きゃぁっ!!」
「あ………」
「っ!どういうおつもりですか?!妻である私に触れられるのがそんなにお嫌い?!」
いつも穏やかだったレイチェルが鬼のような形相で怒鳴り付ける。
……これが、あのレイチェルなのか?
よく見ると目尻や口元に皺が目立つ。
それに肌もくすんでいるような……胸だってもっとハリがあってボリュームが……
「……お前、誰だ?」
「は、?」
「私のレイチェルはもっと若々しい女のはずだ。お前のように下品な年増ではない」
「なっ!!」
「……いや、そうか。それが本当のお前か」
どうやら私は恋人を過剰に美化していたらしい。出会ったときは22と女盛りだったレイチェルも、8年経った今はそれなりに老いて当然。
それに気付いたのは、ラヴィエラというより美しい存在に出会ってしまったからだ。
「ラヴィエラ……くそっ!私はなんて愚かなことを!いや、それも全てこの女のせいか?」
「なっ!ば、バレインさまっ?!」
「ラヴィエラ……ラヴィエラ、私の愛すべき番よ……今、どこにいるのだ…?」
会いたい、欲しい、ラヴィエラ………
お前も私を欲しがっているだろう?
何故なら、私達は運命の番なのだから……
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