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廊下で騒ぐ私たちを睨む小娘に、初めて顔を合わせた時のことを思い出す。

まだ子供だったこの女……ラヴィエラ=ロストは生意気にもきつく睨んできた。
当時のラヴィエラには私が愛しい愛しい運命の相手に見えていたはず。それなのに、だ。

その表情で瞬時に悟った。

番などおとぎ話。私に言い寄るための嘘。

なのに………


「こんな時間に部屋の前で騒がないで下さい。普通に迷惑ですよ」

なんだ、この美しい女は。

眩いプラチナの長い髪、陶器のように傷ひとつないハリのある肌、華奢な体……
この国の女にはなかなか感じない儚げな雰囲気に、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

これがあの小娘なのか?

バクバクと心音が脈を打ち、次第に息が荒くなっていく。

「ら、ラヴィエラ様っ!申し訳ありません!その……と、突然陛下とスコット卿がお見えになりまして。お止めしたのですがっ」
「そう」

ラヴィエラはすぐに私から視線を外し、足元で未だに座り込む侍女へと歩み寄っていった。

「はっ……ははっ!これは驚いた、捨て犬のように薄汚かったお前がこの5年でここまで成長するとは」
「………」
「女という生き物は実に恐ろしい。なぁランセル」
「へ?は、はい」

ちらちらと表情を伺いながら話しかけてみるものの、ラヴィエラはこちらを気にすることなく侍女に手を差し伸べた。

「怪我はない?メイ」
「は、はいっ。少し転んでしまっただけです」

未だラヴィエラはこちらを向かない。
それどころか、私とランセルに背を向け侍女の体を心配していた。

「あら?手のひらが擦れて血が出てるわ。念のために薬を塗っておきましょう」
「ふんっ!気にするな、その女も獣人だ。私ほどの純血でなくとも、人間よりは治癒力は高い。それよりもこの私がわざわざ参ったのに、いつまで立ち話をさせる気だ?いい加減部屋の中に………」
「黙って下さい」

凛とした声に思わず言葉を飲み込む。

黙れ?誰が?
……………私が?

「なっ!なんと無礼なっ!こちらにいらっしゃるお方が誰だか、知らぬ筈がないだろう?!」
「ええ、存じ上げています。私の運命の番様ですよね?」
「っ!!」

怒鳴るランセルに向けラヴィエラは嘲笑する。
その眼は氷のように冷たくて鋭い。

「この5年間、一度もお顔すら拝見出来なかった高貴で傲慢な……獣王バレイン=ゾーネシア陛下ですよね?」
「っ!」

またドクンも心臓が高鳴る。

「なっ!き、き、貴様っ!へ、陛下に向かって何て口のきき方を……っ!!」
「……良い、ランセル」
「へぁっ?!」
「ラヴィエラ」

騒ぎ出すランセルを強引に退かし、未だに無視を続けるラヴィエラの前へと立つ。

「明日の婚儀、お前も参列しろ」
「………」

ラヴィエラの視線がようやくこちらを向く。

「お前も覚えているだろ?レイチェルという美しい女のことを。私はようやく彼女と夫婦になれるのだ。そんな幸せの瞬間をお前には特別に見せてやる」
「お断りします」
「悔しいか?運命の男が自分に興味を持たず、他の女のモノになるのは気分が悪かろう」

ゾクゾクと背筋が震える。

どうだ?ようやく会いに来てくれた男に、明日の結婚式に呼ばれる気分は!

プライドの高そうなこの女が、みっともなく縋りついてくるのもまた一興。
気分次第では愛人として迎えても……

「さぁ?」
「……は、?」
「興味ないです、そもそも」

ピタッと動きが固まった。

「もう宜しいですか?怪我人がおりますのでこれにて失礼」
「ま、ま、ま、待てぇっ!」
「何ですか?」
「き、興味ないって……わ、私はお前の番だぞっ?!ようやく会いにきてくれた、お前の愛しき男だろうがっ?!!!」

声が裏返ってしまう。
だが、私はなりふり構わず訴えかけた。

「どうなされたのですか、陛下。私のような小娘ごときに必死になられて」
「っ?!!ひ、必死?!わ、私が?!」

何をふざけたことをっ!
この私が、獣王である私が人間ごときに取り乱すはずがないっ!

「調子に乗るなよっ!わ、私はお前なんかに興味はない!勘違い女めっ!」
「そうですか」
「すぐにでも国から追い出してやる……お前なんか、お前なんかぁ……!」

私が愛しているのはレイチェルただ一人。
こんな女がいなくとも、どうってことはない。

なのに……なんだ、この感情は。

案の定、取り乱す私をランセルと侍女は不思議そうに見つめていた。

「……ある条件を飲んで下されば陛下の言うとおりにして差し上げますよ」
「あ……ある条件?」
「ええ。婚儀にも参列致しますし、この国からも出ていきます。もちろん番という立場は最後まで伏せます」

こちらがどんなに打診しても、決して国を出ていこうとしなかったこの女が……今さらどうしてそんなことを?

「……悪魔め、何を企んでいる?」
「別に何も。そろそろ監禁生活に飽きたところでしたので」
「私がお前の命令を聞くとでも?」

少しでも優位に立とうとするラヴィエラが気に食わない。
しかし彼女はまたふふっと笑った。

「ですが、未来の妃殿下のお気持ちを汲めば私のような存在はいかがなものかと」
「………」
「バレイン陛下」

あぁ、これは罠だ。


「偉大なる獣王様ならば、悪魔との契約も恐れないのでは?」
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