16 / 27
16 アンナ視点
しおりを挟むプレジット家の侍女になりもうすぐ5年が経つ。
数年前まで住んでいた大旦那様と大奥様が郊外へ隠居され、今はそのご子息である旦那様と奥様であるクロエ様が住んでいる。
というか、1年前まで旦那様は愛人の元にすぐ行けるように近場の宿屋に居たから実質この屋敷の主人はクロエ様だけど。
「ちょっとアンナ!どうだった?!」
休憩室に戻れば同僚の侍女たちが私を囲う。
「どうって……」
「あの旦那様が奥様をお茶に誘ったのよ?!そんなの結婚以来なかったじゃない!」
興奮気味な彼女たちを宥めながらいつもの定位置に座る。
この屋敷で働いている人間なら旦那様とクロエ様の仲が悪い事は百も承知、そして旦那様が娼婦にメロメロなのも。
数年前、大旦那様たちに旦那様がその娼婦との結婚を認めて欲しいと懇願した時は最悪だったなぁ……大旦那様は旦那様を殴るし大奥様は泣き叫ぶし。
当の本人である旦那様は何で怒られているのか分からないって顔だったし。
屋敷の雰囲気は最悪だったけど、クロエ様が来てからは徐々に明るさを取り戻していった。
「旦那様……奥様とやり直そうとしてるのかな」
一人の侍女がポツリと呟き、それに周りの侍女たちは動揺する。
あの旦那様が?だとしたら随分都合のいい話だ。
クロエ様はいい人、私たちにも平等に優しくしてくれるし貴族だからと言って横柄な態度は取らない。そんなクロエ様がこの屋敷に残ってくれるのは嬉しいけど、あの旦那様と復縁はして欲しくない。
「それだったらカイと……」
「た、大変です!」
一人の侍女が部屋に飛び込んでくる。
走ってここまで来たのか息をゼェゼェ切らしながらも青ざめた顔で叫んだ。
「女性が……金髪の若い女性が旦那様に会わせろと!」
金髪、若い女性。
私たちはすぐにそれが旦那様の浮気相手だと分かった。
「どうしましょうか?!」
「え、旦那様って今どこにいる?」
「というか奥様には報告は……!」
休憩所は瞬時にパニックになる。
これまで浮気相手が乗り込んできた事は一度もない。
「……私、クロエ様にお伝えしに行ってくる!」
とにかくここは報告するしかない。
当主は旦那様かもしれないけど私たちは全員クロエ様の味方だもん。奥様が嫌がるような事はしたくないわ!
「じ、じゃあ私は旦那様に……」
「ダメ!奥様が良いと言うまでは絶対に屋敷の中に入れてはダメだよ!」
それだけ念押しで叫び部屋を出る。
クロエ様の部屋まで全力で走っていれば、廊下の向こう側から人影が見えた。
それは、クロエ様と一緒にいるはずの旦那様。
この時私が旦那様に声を掛けていれば、この後起こり得た最悪の事態を防げたのかも知れない。
旦那様を引き留め、来客の存在を知らせずにいれば……
この時の私は旦那様の存在を無視して走る。
今は気を遣っている場合じゃない。
荒い呼吸を何とかして整え小さくクロエ様の部屋のドアをノックする。いつものように帰ってきた声はどこか小さく元気がなかったけど。
「失礼します」
ゆっくり中に入れば疲れたように窓際のソファーに座るクロエ様。旦那様と何かあったのは一目瞭然だった。
「どうしたの…?」
「はい、えっと……たった今来客の方が参りまして」
何だか既に弱っているクロエ様にこんな事言っていいのかな?顔色を伺いながら離せば、全てお見通しとでも言うようにクロエ様は小さく鼻で笑った。
「知ってる、旦那様の愛するヘレン嬢が来たんでしょ?」
「!!!」
「全ては旦那様にお任せするわ」
酷く疲れた様子にそれ以上何も言うことが出来なかった。
「……畏まりました」
私は小さく頭を下げながら部屋を出て行こうとするも、弱り切った姿が心配になりなかなか部屋を出ようとはしなかった。
「……どうしたの、アンナ」
「奥様は、」
旦那様と離縁しないのですか?
寸前の所まで言いかかったが言葉には出来なかった。
こんなに辛い思いをしてまでこの家に囚われているのは何故なのか。私には分からない、でも何故かそれを問いただす事はしなかった。
「……いえ、失礼します」
静かに部屋を出る。
きっと頭の良いクロエ様のことだ、きっと何かを考えているに違いない。
私は、ただ彼女の為に動けばいい。
例えどんな結末が待っていようともこの屋敷の侍女であるからには最後まで静かに見届けようと心に決めた。
141
お気に入りに追加
5,952
あなたにおすすめの小説

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる