14 / 27
14 ヘレン視点
しおりを挟む娼婦の朝が遅いのは夜遅くまで客の相手をして身体が疲れているからだ。
「ヘレン、さっさと起きて大部屋に移ってくれないか」
まだ夢の中にいるあたしを叩き起こしたのはこのキサラギ館のまとめ役の男だった。眠たい目を擦りながら突然の報告に頭がついていけない。
「は?大部屋?」
ちなみに今あたしは娼館の個室部屋を与えられている。
待ってよ、あたしが大部屋?
え、売れてないブス達と同じ部屋で寝泊まりしろって?
ぼぉっとしていればテキパキと男達が私物を部屋から移動させていく。
「今朝館主様から通達があった。稼げない娼婦に個室なんて勿体ないってな」
「っ!」
ニヤニヤと見下したような顔をする男をキッと睨み付ける。何よ、揃いも揃ってあたしを馬鹿にして!
とは言ってもここ最近のあたしは調子が悪い。
それまで毎日指名が入り寝る暇もなかった日常が、今や夕方までぐっすり寝れる生活に変わっていた。
その原因は大きく分けて二つ。
一つ目は贔屓客だったムバール子爵家の一人息子に悪評を流されてから一向に客がつかなくなった。
「あの女は金だけ搾り取る厄病神だ!」とか「あの女と寝れば家が潰れる」とかかなり悪質な嫌がらせ。そんな子供騙しに誰が引っ掛かるかと思ってたけど、それから私の所へ来る客は確実に少なくなった。
そして二つ目は、最高のパトロンを失ったこと。
ジュライア=プレジット伯爵は若くて見た目もそこそこカッコいい。そんな人が毎日のように私に会いに来てプレゼントをくれる。しまいには結婚しようとまで言ってくれたのに……
「何で来ないのよ…っ!」
毎日会っていたのが週1回になり、月に1回……今はもう数ヶ月も姿を見ていない。
当然No.1だったプライドもありあたしから彼に会いに行く事はなかった。でも、流石にもうここには来ないのかも。
何故なら、彼にはあの女がいるから。
「久しぶりですね、旦那様が会いに来て下さるなんてぇ」
今日の客は行商の主人。
貴族よりは金払いは良くないが生きていくには相手にしないといけない。特に厳しい今でこそ。
「ああ、お前近頃変な噂が立ってるみたいじゃねぇか」
「ふふっそんなのは噂ですよぉ?それは旦那がよく分かってるじゃないですかぁ」
「そうだな、お前が人一倍金がかかるってのは知ってる」
嫌味たっぷりで言う男に愛想笑いをし続ける。
コイツは嫌い、下品で性格が悪くて金払いが悪いなんて昔の私だったら適当な理由をつけて断ってたのに。
座りながら酒を飲む男の膝の上の乗り着ていた服を肩から脱ぐ。目の前に晒されたあたしの肌に男はこれでもかっていう位顔を埋める。
「噂と言えば、最近じゃ面白い話もあるなぁ」
「んんっ……なんですかぁ?」
「ほら、プレジット家の女領主だよ」
プレジット、その名前を聞いてピタリと動きが止まる。
「巷じゃ有名だよ、仕事も出来て頭が良い。その上とんでもなくいい女だってなぁ」
「……もぉ、旦那はヘレンよりその女がいいのぉ?」
身体を密着させれば下品な顔つきで身体を弄ってくる。
そうよ、どんなに頭が良くても所詮面白味もない女。あの夜だって偉そうにしてたけど、こうして男達から求められるのはあたしなんだから。
ガタッとその場に押し倒され、汗ばんだ男の肌が触れる。
気持ち悪い、でも私にはこれしか……。
「でもよぉ……お前と違って身持ちの硬い美人っつーのも一度お願いしたいもんだな」
そう言って男は強引に私の身体を揺さぶった。
あの瞬間、私のプライドを粉々にされた気分だった。
こんな男にすら、あの女……クロエ=プレジットの話をしながら乱暴に抱かれるあたし。
何であんな女なんかに!
……ジュライア様はあたしを選んでくれた。
彼は言った。
あの女と結婚したのも、あたしが奉公が終わり自由になるまでの繋ぎだって。絶対に離縁し、あたしを伯爵家の妻として迎えてくれるって。
記憶の中のジュライア様は輝かしい笑顔であたしに笑いかける。最初はただの上客の一人だった、でもどうしてもあたしと添い遂げたいというならそれでも良いだろう。
伯爵夫人……まぁそれで手を打ってあげようかしら。
「ふふっ、急に会いに行ったら驚くかな」
「あ?何だよ独り言か?」
「ううん、何でもないですぅ」
こんな生活あともうちょっとで終わる。
未来の伯爵夫人の生活を想像しながら、あたしはそっと男の首に腕を回した。
150
お気に入りに追加
5,953
あなたにおすすめの小説

エデルガルトの幸せ
よーこ
恋愛
よくある婚約破棄もの。
学院の昼休みに幼い頃からの婚約者に呼び出され、婚約破棄を突きつけられたエデルガルト。
彼女が長年の婚約者から離れ、新しい恋をして幸せになるまでのお話。
全5話。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました
紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。
ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。
ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。
貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。


彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる