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しおりを挟む「あら、もう良いとは?」
「……ヘレン、今夜はムバール卿を連れて帰るんだ」
私を一度チラッと見た後、ジュライア様は二人の前に立ちそう言った。当然ヘレン嬢は不服そうな顔している。彼女は先程までの余裕をなくし、今はみっともなく大きな口を開けて喚いた。
「なんでぇ?!あたしが娼婦だからですかぁ?!」
「……招待状に手違いがあった以上彼も中に入る事は出来ない。騒いでもハボンド侯爵夫妻に迷惑をかけるだけだ」
あら、なるべく彼女を傷つけない様に言葉を選んでる割にはまともな事言えるのね。
そう言われようやく二人は大人しくなった。
特にムバール卿はこれ以上騒ぎを起こせば父親の顔に泥を塗るという事に気付きどんどん顔が青ざめていく。
「っ……ヘレン、帰るぞ」
その一言だけ残しムバール卿は彼女を引きずるようにして屋敷を出て行った。その道中もヘレン嬢はジュライア様に何か言いたげな顔をしていたが、隣に立つ私を見てぐっと唇を強く噛みしめ堪えていた。
騒ぎがひと段落ついた時、それまで黙って見ているだけだった貴族連中がワッと私達に寄って来た。
「プレジット夫人、お見事でしたわ!」
「堂々たる立ち振る舞いに惚れ惚れ致します!」
若い令嬢達はキラキラした目で私を見ているが、遠巻きにこちらを伺う貴婦人達はコソコソと耳打ちする。
「プレジット伯爵、やはりあの噂は本当なのかしらね」
「娼婦との浮気でしょう?いくら夫人が有能でもねぇ…」
若いお嬢さん達よりこっちの方が厄介ね。
娯楽に飢えた貴婦人ほど下品がお好きってこと、私はスッとジュライア様の腕にぴったりと寄り添う。
「さて、参りましょうか旦那様」
「っ……ああ」
それからまた数ヶ月。
プレジット家の雰囲気は益々変わった。一番大きく変わった事と言えば……。
「クロエ、この書類なんだが」
ジュライア様が積極的に関わってくる様になった。
それまでのジュライア様はお金が貯まるまでは屋敷に籠もっていたが今では娼館に行く事もなくなった。それどころか私の仕事を少しずつ手伝うようになり食事も一緒に取るようになって少し気味が悪い。
段々と一緒に居る時間が増えて私としては気が休まらないんだけど……。
「クロエ?」
「え?ああ、これですね」
危ない危ない、ついトリップしていたわ。
ジュライア様から書類を受け取り目を通す。うん、記入漏れもないししっかり出来ている。
「ありがとうございます、お預かりしますね」
「ああ。後は何をやればいい?」
「そうですねー、ほぼ終わってしまいましたから今日はもう十分ですわ」
ニコッと微笑み再び書類に視線を落とす。
というか早く部屋に戻ってくれないかしら……話す事もないから気まずいのよね。
徹底的に無視をしているのに穴があく程じぃーっと見られている。何なのよ、何か言いたい事があるなら早く言って欲しいんだけど!
「クロエ、この後……」
「失礼致します」
ジュライア様が何か言いかけたと同時にアンナが部屋へと入ってくる。
「奥様、カイが奥様にお会いしたいと言って今屋敷に来ております」
「カイが?」
その言葉にスッと立ち上がる。
カイとの契約は既に終わっている、けどこの間のパーティーでの事とか色々聞きたい事は山積みなのよね。
「お茶は中庭にご用意して宜しいですか?」
「そうね、案内してあげて頂戴」
そう言ってジュライア様の横を通り過ぎようとした瞬間、ガッと手首を思い切り掴まれた。
「なっ……旦那様」
「カイとは、例のバイトの男か」
低く唸るような声。
ジュライア様はきつく私を睨みつけた。
「はい……っ、」
「あの青年とは本当に話相手だけなのか?」
「ちょっ!手、痛っ……」
「随分顔が良かったからな。ああいう男が趣味なのか」
ギリギリと手首に力が入っていく。
思わず痛みに眉を潜めるとジュライア様はようやく気付いたのかパッとすぐ手を離してくれる。
掴まれた手は赤くなり手形がしっかりと付いていた。
「女性の手を赤くなるまで握り潰すなんて……どうかしています」
「っ!」
「仮にも夫婦といえど、今後は私の許可なく触れるのをお控え下さい。でなければ今度は大声を出しますから」
痛む手首を押さえながらその場を離れ力いっぱい扉を閉める。まさか暴力を振るうだなんて……。
最近の態度から少し甘く見ていたのかもしれない。
あの人は私を何とも思っていないんだわ。
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