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しおりを挟むあぁ…………どのくらい、経ったんだ…?
「もぉ無理だよぉ……ちから、出ないっ…」
俺に回復魔法をかけながらアリスは呟いた。
何度も何度も殺されかけて頭がぼうっとする。
日付の感覚も、時間の感覚も10回ほど倒れてからなくなった。
繰り返し与えられる激痛と、愛しいアリスの泣き声で俺の精神はとっくに壊れていた。
アリスを見れば真っ赤に腫れた目は虚ろになり、力なく俺の傷を癒やしていく。だがその力は次第に弱くなり、時にはアリス自身が倒れてしまう日もあった。
それでも彼女が手を止めない理由は、その光景を見下ろす魔王の存在が常にあったからだ。
「おいおいまだ治らないのかァ?ちょっと刻んでやった程度なのによォ」
「ぁ………ぅぅ、」
「本当に役に立たねぇ聖女サマだなァ」
分かりやすい挑発を繰り返す魔王。
すると、それまで治療をしていたアリスの手が俺の体から離れていく。
「もぅ……いや、」
「んー?」
「私は聖女なんかじゃないっ!」
急に立ち上がったアリスは叫ぶ。
「この男が勝手に勘違いしただけよっ!本当は魔力なんてそんなにないし、戦争中だって全員治療なんかしてない!」
「おいおい良いのか?恋人が聞いてるぞ?」
「恋人?勘弁してよ、田舎暮らしが嫌だったからついて来ただけ。でもそれも間違いだったみたい、こんな貧乏くじを引かされるなんてっ!」
俺を見下ろすアリスの目は誰よりも冷たく濁っていた。
「ぁ………あ、りす……」
「この戦いでホリックが強かったんじゃないって分かったわ。その聖剣、ニーナさんの力が込められていたのよ」
ニーナの力?
「魔力が全く無いと聞いてピンと来た。全部全部あなたの力じゃない、凄かったのはニーナさんよ!」
アリスはそう言った後、まだ出血が止まらない俺を放って離れていった。
嘘だ、アリスが俺を置いて行くわけない。
彼女は心が優しくて、一生懸命で、共に戦ってくれる最高の女性なんだ。
だから、だから………あんなことを言うはずない。
なぁアリス、行かないでくれ。
「ねぇ、もう良いでしょ?!私はもうこの男とは関係ないの!お願いだから見逃してっ!」
「見捨てるのか?」
「どうせ回復させた所でホリックが勝てる訳ない!助けるだけ時間の無駄よ!」
「まぁ……そうだなァ。仕方ない、さっさと去れ」
魔王の気怠げな声が聞こえる。
だが顔を上げることは出来ない、出血が多いせいで上手く力が入らないんだ……。
パタパタと軽い足音が遠退いていく、そうか……アリスが、逃げたのか………。
再び静かになり俺の荒い呼吸だけがまた響く。
「さて、」
「ぅがぁっ!」
横たわる俺の顔面に激痛が走る。
魔王の長い足が容赦なく踏み付けたのだ。
「そろそろ飽きてきたし終わらせようか」
「ぁっ、うっ……ぐっ!」
「安心しろ。今逃げた女も助けるつもりはない、どうせ森を出たころ魔物どもの餌になってるさ、良かったな地獄で再会できるぞ?」
下品な笑い声に反論が出来ない。
俺はアリスに裏切られた。
だが俺はニーナを裏切った。きっとこれは……その代償なんだ。
何故俺はニーナと向き合わなかったんだ。
初めて出会った時から毛嫌いし、彼女を知ろうともしなかった。
意味なく彼女に暴言を投げかけたことだってある。その……報いなのか。
あぁああ情けない。何が英雄だ!
俺は何一つ出来やしない、ただの木偶の坊だった!
驕っていた、自分が有能で選ばれた人間なんだと!だがどうだ?倒したと思った相手は生きていて、恋人は去っていった。残されたのは惨めな自分だけ……くそったれだ!!
「最後はこれでとどめを刺してやる」
魔王は地面に転がった剣を手に取り、俺の頭上で構えている。
「じゃあな、クソ野朗」
ひゅっと空気が切れる音がし、真っ直ぐ首の後ろに剣が落ちる。
ガキンっ
鈍い金属音が鳴る。
衝撃に備えていた俺の体は、しばらく経ってから徐々に緩んでいった。
死んで、ない?
「はぁっ……っ、ぁっ」
息が吸える。首が繋がっている。
俺はまだ生きている……?
視線だけを動かすと、壁際の所に何か……あれは聖剣の先か?
折られたのか、あの太くて分厚い剣が?!
「……どういうつもりだ」
さっきまで軽々しい魔王の口調が変わると同時に、辺りが白い冷気に覆われる。
「まさかこのタイミングで邪魔しに来るとは想定外だ。……ペットに情でも湧いたかァ?」
コツンと足音が鳴る。
力を振り絞り音のする方を見れば……
「ぅ、あっ……そ、んな」
これは夢?そんなはずない、あり得ないだろ。
「ニー……、ナ」
あの時と同じ、背筋をしゃんと伸ばし凛としたニーナ=プロティオスがそこには立っていた。
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