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9 Alice Side ①
しおりを挟む「はぁ……っ、はぁ!」
私は夜中、生い茂る森を無我夢中で走っていた。
着ていた服は汗と泥でぐちゃぐちゃ、靴は昨夜の雨で出来た泥濘に置いてきた。髪はボサボサだし……あーもう最悪っ!
本当ならこんなはずじゃなかった。本当なら今ごろ綺麗なドレスを着て美味しいスイーツでも食べてる所だったのに!
「なんで……なんで私が、こんな目にっ!」
ホリックが勝手につけた『聖女』という肩書きは、想像以上に便利だった。
オリンピア王国から遥か遠い西の森、そこで細々と暮らしていた私はたまたま療養に訪れた聖十字騎士団と遭遇する。
そしてホリックと初めて出会ったとき、やっと王子様が迎えに来てくれたんだと思った。
カッコ良くて、紳士的で、部下たちに頼られてて……田舎暮らしに飽きていた私には、彼の全てがキラキラと輝いていた。
唯一の自慢である回復魔法を見せてあげれば、ホリックはいっぱい褒めてくれた。
『アリス、君は天才だ』
『美しくて優秀な君はやりは聖女なのだろう』
『共に戦おう。それに君と……離れたくないんだ』
こんなにも素敵な人に愛されるなんて、もしかして私は本物の聖女なんだと思ったわ。
魔法の腕はないけどホリックや彼の部下たちがいれば私の力なんてそのうち必要なくなる……大した問題じゃないと思ってた。
『聖女である君なら問題ないだろう?』
ホリックのあの言葉を聞くまでは。
■□■□■□
「はぁ……っ、ここまで来れば……大丈夫、」
オリンピア王国の王宮から逃げ出してもう3時間は経つ。
国王との謁見後、ホリックに王宮内の貴賓室で寝泊まりするよう言われた。明日の朝一番には国の結界を張らなきゃいけないから、今日はこのまま泊まれば良いって……
「冗談じゃない……そんなの、出来るわけ…」
彼は簡単に言ったけど、それがどれほど大変なことか街の子供たちでも分かる。
魔力は無限じゃない。そんな無茶をすれば魔力が尽きて最悪の場合、命を落とすことだってあり得る!
ホリックのことはすっごく愛してる。
でもそれとこれは別、まさか彼がそこまで魔法に無知な男だとは思ってなかった。
そうよ、あの後だって……
『大丈夫、ニーナが出来るんだ。聖女である君が出来ないはずがないだろ』
笑顔で言うホリックが怖かった。
きっと私が聖女なんかじゃないって言っても、今のホリックだったら信じないのかも!
「今夜中に森を抜ければ、明日の朝に捜索隊が来ても逃げ切れる……家はホリックにバレちゃってるから、どこか違う国に…」
「あら、どちらにお出かけですか?」
誰もいないはずの暗闇から凛とした声が聞こえた。
勢いよく振り返ってみると、ガサリと木の葉が擦れる音がした。
「だ、誰っ?!」
「おーおー女ってやつは怖いねぇ」
こんな所に人がいるはずないのに……。
目を凝らしていると、木の陰から3つの人影が現れこっちに歩いてきた。
「っ、エイ、それにモランとシルフィまで!」
突然現れた仲間に私は胸を撫で下ろした。
でもすぐにハッとし、近付いてくる彼らに向かって持っていたナイフを突き出した。
「こ、来ないで……う、裏切り者っ!」
「裏切り者?随分な言い方ですね」
「ハハッ!どの口が」
「相変わらず面白いわねこの子」
余裕たっぷりな3人を見てぎゅっとナイフを握り直す。
この3人相手にナイフが役に立たないのは、近くでその戦いぶりを見てきたから分かる。でも、だからといって引くわけにはいかない!
私はそのまま1番近くにいたシルフィに向かって突進した。……はずだった。
「落ち着いて下さいな」
パチっと瞬きをした時、私の前にいたはずの3人は居なくなっていた。
「あ、れ……?」
「こちらですわ、アリスさん」
その落ち着いてて心地のいい声。
忘れるはずがない……振り返ると、そこには昨日と同じく微笑んだニーナ=プロティオスさんが立っていた。
「なっ!」
「ごめんなさいね、咄嗟に転移魔法を使いました。お怪我はないかしら?」
「に、ニーナ様……どうしてここに」
「どうして?今日ホリック様から国を出て行くように言われたの、貴女も一緒に聞いていたじゃないですか」
フフッと楽しそうに笑う彼女に、私も引き攣ったように笑う。
「そうだった……ね、ねぇ!私も国を出たいの!お願いだから一緒に連れて行って!」
なりふり構わず彼女の足元に跪く。
本当は嫌だけど!でも、この人とエイたちが一緒なら国を出られるわ!
「まぁまぁ、そんなことなさらないで?」
「ニーナ様……」
「聖女様がただの令嬢に頭を下げてはダメよ」
彼女の言葉にピタッと動きが固まった。
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