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しおりを挟む(すご……会場の空気が一瞬で変わった)
それまで好き勝手話していたゲストたちが固く口を閉じ、自分は無関係だというように視線をそらす。
この空間に飲み込まれなかったのは、ロザリアンナ様を除いてただ一人だけ。
「ふふ、王太子妃殿下のお耳に入れるような大問題ではございませんわ。ちょっとした相違ですのよ」
「一人の女性が辱しめられる状況が大問題でないなんて、ニュートロン夫人は実に平和ボケなさってるのね驚きだわ」
「ふふふふふ」
どちらも笑顔だけど空気が重すぎて吐きそう。これが女の戦い、だとしたら……私って無力すぎる。
(これはどうするのが正解?婦人も戦意喪失してるし、周りの人たちも気配消してる。引くに引けない状況になる前に……)
「あ、あの」
「どうなさったの?ストラーダ夫人」
「汚してしまったドレスは誠意をもって弁償させて頂きます。それで済むと思っていませんが……申し訳ありませんでした」
優勢だと思っていた場面を覆され、みんなが私に興味を失った今が絶好のタイミング。突然話しかけられた婦人は「あ、ああ……」と気の抜けた返事をしてチラチラとシャルロッテの顔色を伺っていた。
自分からけしかけた喧嘩だと言うのに、終わらせることすら他人に頼るなんて……何だか可哀想に思えてきた。
そんな婦人の態度にシャルロッテがハァと大きなため息をつく。
「……許して差し上げたら?」
「しゃ、シャルロッテ様がそう仰るなら」
折れたことに気を悪くしたシャルロッテはさっさと違うグループに合流し、婦人はいつの間にかパーティー会場からいなくなっていた。
問題が解決すると静かだったゲストたちは何事もなかったようにおしゃべりを再開する。……正直、その変わり身の早さが恐ろしすぎるくらいだ。
「厄介な人間に目を付けられたわね、貴女も」
「あ……先程は助けて頂きありがとうございました」
「ふふ、いいのよ」
ペコリと頭を下げるとロザリアンナ様はふわりと優しく微笑んだ。
(か、かわいい人……さっきシャルロッテと言い合っていたとは思えない)
見た目ももちろんだけど笑顔が可憐だ。優しくてほっこりする話し方も癒されるし、どことなくクヴェン殿下に雰囲気が近い。
周りの視線を気にしないようにしてロザリアンナ様と一緒にベンチに座った。
「アイゼルは私たち夫婦にとって大切な騎士だもの、その奥さんである貴女がいじめられてるなら助けるのは当然でしょう?」
「本当に、感謝しかありません王太子妃殿下」
「気軽にロザリアンナと呼んでね」
ふふっと微笑むロザリアンナ様に同姓ながらきゅんとしてしまった。
(あのクヴェン殿下がお選びになったのも納得だ)
同じ女でも惚れてしまいそうになる。出来ることならこんな風に私もなりたかったなぁ。
「それはそうとヴァネッサ、貴女にアイゼルから伝言があるわ」
「アイゼルから……?」
「ええ。昨晩、魔法騎士の一人が伝令役として王宮にやって来たの。その内容は全て分からなかったけど、それとは別で貴女宛ての伝言を預かった」
アイゼルからの伝言、しかもわざわざ魔法騎士を向かわせるほどだなんて。
(嫌な予感しかしない)
「それで、アイゼルは何と」
「“崩壊が近い”と。それだけでヴァネッサなら伝わると言っていたみたいよ」
“崩壊が近い”
その一言に血の気がサッと引いてしまった。
(崩壊は……きっと防御結界のことだ!)
アイゼルが向かったのは北の辺境地だった。そこできっと防御結界に何らかの異変があった、そしてそれを私に教えてくれたのね。
「あ、あのっ……私、失礼します」
「え?急にどうしたの?」
「このお礼は必ずしますので!」
立ち上がりすぐに庭園から走り出した。
ロザリアンナ様には申し訳ないことをしてしまったけど、ここでゆっくりおしゃべりをしている暇はない。
(アイゼルならきっと安全な場所に隠れてろって言うんだろうな)
誰よりも私を想っている彼ならば、第一に私の安全を考えてくれるはずだ。だから余計なことはせず大人しく屋敷に戻る、それが一番だと分かっているけど。
使用人たちの目を盗み、ニュートロン公爵家の屋敷に侵入する。豪華な廊下を進んでいくと、一番奥の部屋の扉がバンっと勢いよく開いた。
「ったく、国王も人使いが荒すぎる!急に呼び出すなんてこの僕を何だと思ってるんだ!!」
確認しなくても分かる。この屋敷に入った途端、私の魔力があの男に反応していたんだから。
隠れていた場所から姿を現すと、彼──トーマの側にいる使用人が真っ先に私を見つけた。
「っおい!どこから入ってきた?!ここはニュートロン公爵家のプライベートエリアだぞ?!」
「あれ?君は……」
存在に気付いたトーマは一瞬驚くも、すぐに人当たりのよさそうな笑顔で近付いてきた。
「ははっ、驚いたなぁ!こんな所まで来てしまうなんて悪い子だね」
「お話があります、ニュートロン第一騎士団長」
「なっ?!き、貴様何を?!」
「あーいいんだ、彼女の存在はシャルロッテも容認している。少し二人きりにしてくれないか」
飄々としたトーマの態度に使用人は何か言いたげだったが、シャルロッテの名前を聞くとぐっと言葉を飲み込みその場を離れていった。
向き合う私に、トーマは軽い態度で笑いかける。
「まさか屋敷に忍び込んでまで会いに来てくれるなんて思っていなかったよ。あれかい?クールな見た目とちがって意外と情熱的なんだね、ストラーダ夫人」
「……何を勘違いしてるのか分かりませんけど、貴方にお願いがあって来たんです」
「お願いかぁ!ククッ、ずいぶんと可愛い誘い文句じゃないか、ますます気に入ったよ!」
トーマは下品な笑みを浮かべ、自慢の金髪をくしゃりとかきあげた。
(見え透いた下心、本当に気持ち悪いな)
「まぁ立ち話もあれだね、続きはベッドの上で……」
「時間切れです」
「え?」
彼の手が触れようとする瞬間、見上げるようにしてトーマを睨み付ける。
「というか期限切れと言ったほうが正しいですかね。好き勝手に使っていた割にはよく持ちこたえたほうだと思いますよ」
「え………っと、どうしたのかな?」
「まだ思い出せませんか、私のこと」
というより忘れ去ってしまったのか、この人の場合。とるに足らない孤児のことなんかどうだっていいはずだもの。
でも、こっちはそういうわけにはいかないよ。
「ほとんど残っていなくても、元々は私のものなので」
「……さっきから何を言って、」
「だから、返してもらいますね」
あなたの魔法石。
トーマの胸ポケットめがけて手のひらを向けると、服を透過して濁りきった魔法石が現れた。
ゆっくりと浮遊するそれは真っ直ぐ手のひらに向かってきて、ちょんとぶつかった瞬間パリンと弾けて割れてしまった。
雨粒のようなキラキラとした結晶の粒が、ゆっくりと私の身体に染みていく。
「……おかえりなさい、私の守護の力」
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