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16 アイゼル視点
しおりを挟む「新婚休暇って知ってます?」
「あ?」
王都から北の辺境地を捜索中、並走している部下が声をかけてきた。
「結婚の調印を済ませた騎士は、その翌日から5日間は休暇を取ることが出来るんです。子孫繁栄を願った暗黙のルールらしいですが、大抵はバカンスに行ったり家で嫁さんとのんびり過ごしたりするみたいですよ」
「へぇ、そうなのか」
「なのに貴方って人は……!!」
第二騎士の副団長であるデリックは、呆れ顔で盛大にため息をついた。
「アイゼル=ストラーダが結婚したとなれば、5日や10日休んだって誰も文句言いませんよ!少なくとも俺ら第二騎士団の連中は、それだけ貴方に命を助けられてるんですから!」
まるで自分のことのように吠えるデリック。それが聞こえたのか、他の連中もこっちを見て何度も頷いてきた。
こいつらのことは信用している。今回の討伐は辺境地にうろつくゴブリンやオークが対象だから、俺がいなくとも無事に遂行できる。が……
「少しくらい離れていた方が良いんだよ」
「……新婚なのにですか」
「新婚だからだ」
きっとこいつらは分からないだろう。
ゴブリンより、ドラゴンより、ヴァネッサの美しさのほうがどんな魔物よりも恐ろしい。
月夜にも負けない白銀の髪と全てを見透かすようなアメジストの瞳、今も昔も変わらない凛とした姿に年甲斐もなくときめいている、この俺が。なのに……
(まともな会話をせずに出てきてしまった)
あのキスの後、どんな顔をしてヴァネッサと話をしていいのか分からない。……いや、そもそも夫婦なんだから普通に話せば良いだけなんだが、彼女を前にすると言葉が上手く出てこない。それは初めて出会ったときも同じだった。
(……まぁ、すっかり忘れ去られていたが)
所詮は俺の勝手な初恋、それをヴァネッサに全部分かってもらおうなんて思っていない。今みたいに少しでも頼ってもらえるだけで充分。
なのに……最近はどんどん欲深くなっている。
もっと名前を呼んで欲しい。
笑いかけて欲しい。もっと……触れたい。
そんな野獣のような感情が抑えきれなくなりそうで、こうして逃げるように討伐隊に志願した。
(暴走するな。最優先はヴァネッサの気持ち、それを無視すればあの男と同じだ)
トーマ=ニュートロン、ヴァネッサの心を凍りつかせた最悪の盗人。そしてそれを影で操るシャルロッテ=ニュートロンも同罪だ。
人の心を道具にする奴らのせいで彼女は12年も苦しめられた。その辛さ、苦しさは誰にも分からない。だからこそ今度はちゃんと守ると誓ったんだから。
雑念を消すように迫り来る魔物たちを容赦なく叩き潰していった。
■□■□■□■□■□
「団長っ!前方2km地点にオークの群れを発見!」
見張り役の声に全員の動きが止まる。
「オークの群れだとっ?!」
「だってここはまだ防御結界の中じゃ……」
予想しない敵の出現に新人騎士たちはもちろん手練れであるデリックも動揺していた。
魔法騎士トーマによる防御結界。
それはこのフィブライト王国最強の盾は、どんな魔物の侵入も許さない。結界発動前から魔物の巣窟となっていた西の領地とは違い、今いる辺境地は数年前に魔物の殲滅が確認されている。
ならば何故、ここにオークの群れが?
(考えられる可能性は一つ)
防御結界が破られた、としか考えられない。
「オークの数は?」
「40……いや、50はいます!」
「ならば俺と新人騎士10人はオークを殲滅、残りは防御結界に異常がないか確認。殲滅部隊が合流するまで状況を細かくサーチしろ」
「「「「「はいっ!」」」」」
それを合図に、騎馬が二手に分かれていく。
気配を察知したオークたちが一斉に飛びかかりそれを間一髪のところで避けた。捜索隊が見えなくなった頃合いで、ようやく背負っていた大剣を引き抜く。
「さて、オークの弱点は?」
緊張で固まっている新人騎士にそう問いかければ、彼は戸惑いながら「う、動きが遅い……のと、火です」と小さな答えた。そんな姿につい微笑んでしまう。
(俺にもこんな頃があった……遠い昔だが)
実践はどんな訓練よりも身になる。幸いオークは魔物の中じゃ低級レベルだ、数は多くとも新人騎士で対処できる。
「正解だ。オークはゴブリンよりも動きが鈍い。攻撃を紙一重で避けながら腱を落とせ、それから頭。火属性の魔法が出せる者はそのまま斬り落とせ」
「「「「は、はいっ!」」」」
「フォローは俺がする」
そのための上司だ。
そう付け加えると戸惑っていた騎士たちの目にぐっと力がこもった。覚悟を決めた彼らは怯むことなくオークたちに向かっていく。
あががぁぁぁああああっっ───
真後ろからの叫び声に迷わず剣を横に振り切る。
「さて、さっさと終わらせようか」
それから一時間後。
オークを倒し防御結界沿いに走っていると、ある箇所で人だかりを見つけた。
「状況はどうだ」
「団長……っこれを見て下さい、」
険しい表情のデリックはすぐに防御結界の前まで案内する。
防御結界は国境から真っ直ぐ天にのぼる光のカーテンのようなものだ。しかし案内された場所の結界は透けていて、こちらから結界の向こう側がくっきりと見えている。
つまり、防御結界が消えかかっていたのだ。
「このような箇所があと一つ、どちらもあのオークたちが通り抜けられそうなサイズでした」
「……そうか」
「ゴブリンやオークの魔力じゃ防御結界は壊せません。なのにここにいるなんて」
その場にいた部下たちは全員困惑する。
第二騎士団の連中は第一騎士団のことはよく思っていない。だが団長であるトーマ=ニュートロンの力は認めていた。
誰も真似できない、最高峰の防御魔法。それが今、目の前で崩壊している……その事実を受け入れがたいのだろう。
(とはいえ、もう誤魔化しは効かないだろう)
魔法石を失くした程度じゃ済まされない。
「……とにかく、防御結界の補強は守護力がないと無理だ。急いで第一騎士団の派遣要請を出してくれ」
「は、はいっ!」
「俺たちは国王陛下に現状を伝えるためにすぐ王都に戻るぞ」
伝達係は飛行魔法に特化している、騎馬で行くよりも数日早く王都に着けるはずだ。何事もなく走れば一週間、遭遇する魔物を倒していかないとなると……二週間はかかるか。
(ヴァネッサの言う通りだ)
守護の力は確実に弱まっていた。
今回のように穴だけであればまだ防壁で対応できるが、結界自体が脆く壊れてしまったら……
「っ……ヴァネッサ」
きっと心優しい彼女なら危険を省みず戦火に身を落とすだろう。誰かを守るための力で自分以外を全て救ってしまう……だが、それではヴァネッサだけが不幸であり続けることになる。
そんなの、俺が認めない。
たとえ国が滅びてもヴァネッサだけは救う。
「だからそれまで耐えてくれ」
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