恋も魔力も期限切れですよ。

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魔法騎士は国内でもトップクラスに給金が高い。
その中でも騎士団長には領地が与えられ、爵位はなくとも並みの貴族より豊かな暮らしを送れるほどだと聞いたことがある。聞いていたけど……

「今夜は客間を使って欲しい。専属の侍女をつけるから、入り用の時は声をかけてくれ」

 品のいい壁紙と絨毯、高級そうな調度品、 大人が3人寝られそうなくらい大きなベッド……て、天蓋付きなんて初めて見た!
それにさっきから侍女さんらしき人がてきぱきと着替えを用意してくれている。至れり尽くせりで落ち着かない。

「こんな素敵な部屋、私にはもったいないです」
「なら俺の部屋で寝るか?」
「わぁぁー!!ぐっすり眠れそうだなぁ!」
「冗談だ」

(わ、分かりにくい……!)

完全に団長のペースにのまれながら、どう接するべきなのか探り続ける。
こんな調子で本当に結婚していいのかな。

「食事は簡単なものを持ってくるからそれまでゆっくり休むといい。明日の朝、家まで送ろう」
「え……そんなご迷惑おかけするわけにはいきません。お忙しいでしょうから勝手に帰りますよ」
「大丈夫」

ごつごつした大きな手がポンと頭を撫でた。

(あ……)

部屋を出ていく団長の表情は今日一番優しくて、とんでもなく甘やかされているのをひしひしと感じる。
近くにあったソファーに座った瞬間、溜まっていた緊張と疲れがどっと溢れてつい寝転んでしまった。

(なんか……数日ですごいことになっちゃった)

秘密がバレて、アイゼル=ストラーダにプロポーズされて、国王陛下と王太子殿下に会って、そして……あの女と再会して。頭の中を整理する間もなくここに流れ着いた感じはする。

(義父さんと義母さんびっくりするだろうなぁ。あ、そうだ。ガルファにも説明して……一般兵団も、やめなきゃ……いけないし……)

ダメだ、瞼が重い。この後食事が届くから、起きてないといけないのに……





『アンタより強くなるよ』

その声は少女よりは低く、大人よりも軽やかな声だった。
剣術の大会に出ると記者や賞金のおこぼれを貰おうとする怪しい宗教団体たちに囲まれる。でも……あの大会の時だけは違った。
背の低い少年が顔を真っ赤にして話しかけてきたんだ。

『魔法なんかなくたって負けない。だからもし俺が………になったら、その時は………、!』

(あれ?よく聞こえない、何て言ってるの?)

これは夢じゃない、古い記憶だ。忘れちゃいけないた思ってたのに、その少年は口をパクパクさせるだけで肝心の声が聞こえない。

(お願い、教えて!せめて貴方が誰なのかだけでも)

言いかけた時、前髪に隠れていた少年の目がしっかりと確認できた。

───その赤褐色の瞳は揺らぐことなく私だけを見つめていたのだった。





「ん……、」

優しい体温に少しだけ目を開ける。

「団長……」
「すまない、眠ってていい。ベッドに運ぶだけだ」

団長は私を横抱きにしてゆっくりと歩き、そっとふわふわのベットの上に降ろしてくれた。
重かったはずなのに嫌な顔ひとつしない、しかもサイドボードの上に置かれた紅茶を淹れてくれる。

(あの最強の魔法騎士が私のためにお茶を……)

違和感しかないけど、丁寧な所作に胸がきゅっと苦しくなった。

「……どうしてこんなに優しいんですか。団長にここまでして貰える資格ありませんよ」
「資格なんて必要ない」
「ありますよっ!」

ガバッと起き上がり、つい大声で怒鳴ってしまった。

(あー……ダメだ、今の私かなりめんどくさい)

素直にありがとうって言えばいいのに。嬉しいと言ってお礼のキスでもすればいいのに。
可愛げがないって分かっていながらも止まれない、そのまま吐き出すように喋り出す。

「今日だって王太子殿下と団長がいなければまともに話し合うことだって出来なかったはず。何より、私にはあの人たちと戦い合えるほどの身分も器量もないです」
「ヴァネッサ」
「っ……トーマに力を奪われたことは言いましたよね。何故そうなったと思います?」

これを伝えたら団長はどん思うだろう。
ガルファに話したときとは違う緊張感に、唇が微かに震えていることに気付いた。……それでもずっと信じていて欲しい。真っ直ぐな団長の気持ちに答えるには、私も同じように真っ直ぐでいなくちゃ。

「トーマは初恋の人なんです」
「!」
「12才なんて子供の恋かもしれませんが、ちゃんとあの人が好きでした」

(はは、言っちゃった……)

情けない初恋をこの人に打ち明けるなんて。

「馬鹿みたいでしょう?あの日から誰かを好きになることが怖いんです。だからきっと団長のお気持ちに応えることは……」
「………」

全部忘れて幸せに暮らしたい。でも、あの頃の記憶の中にはいい思い出もあったんだ。

『ヴァネッサ!今日もかわいいね』
『砂糖菓子は好き?あとでこっそりお食べ』
『君の笑顔はみんなを明るく照らすから素敵だ』

褒められるたびにドキドキして、会えなかった日は寂しくて、笑顔を見るとこっちまで嬉しくなる。そんな甘酸っぱい記憶を忘れたくない自分もまだ残っていた。

「……それでも君は裏切らないで欲しいと言っただろ?それって誰かを信じたいという、大切な一歩だったんじゃないかと俺は思ってる」
「……」
「ヴァネッサ」

冷えきった手がぎゅっと包み込まれる。

「不安なら何度だって言ってやる。俺はヴァネッサを裏切らない」
「っ…!」

つぅっと涙が頬を滑り落ちていく。誤魔化すようにすぐに服の袖で拭いているとパッとその腕を掴まれる。

「だ、だんっ」
「アイゼル、そう呼んでくれ」

耳元にかかる甘い声にピクッと反応してしまった。

「そんな……で、出来ないです」
「ダメだ。呼んで」
「っ……あ、あい、あ……あいぜ、」

気付けば涙もピタッと止まり、代わりにさっきよりも心臓の音がうるさい。名前を呼ぶだけ、そんなのガルファにだってしていることなのに恥ずかしくてなかなか呼ぶことができない。

「ヴァネッサ」
「っ………あ、アイゼル」
「上出来だ」

楽しそうに含み笑いをした後、そっと瞼の上にキスを落とされた。あまりにも自然なアプローチにカッと体温があがっていく。

(な、なんか……急に甘くなってない?!)

団長、もといアイゼルは満足げに私の頭を撫でて立ち上がった。

「ご両親の前でもそれで頼む」
「……了解です」
「それから敬語もやめた方がいい。気にすることではないがヴァネッサの方が年上だ。お互いフランクにいこう」

それじゃあおやすみ、と言葉を残し扉が閉まった。

「もう……調子狂わされっぱなしだなぁ」

完全にアイゼルのペース、でもそのおかげで余計な心配をしている余裕がない。

「ふふっ、なんかぐっすり眠れそう」

ここ数年で一番幸せの気分のまま、そっと静かに瞳を閉じた。
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