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しおりを挟む時が流れること12年。
このフィブライト王国は、ある男の出現により大陸最大の魔法国家へと成長した。
全てはある青年が国王陛下に謁見したことから始まる。
当時20になったばかりのその青年は、筆頭貴族であるニュートロン家の令嬢に連れられてやって来た。国王陛下だけでなく同席していた第一王子や名だたる貴族院たちの前で、青年はひとつの結晶を取り出しこう言った。
『こちらは私が作り出した守護の魔法石です。今から皆様の前で、魔法史に残る最強の結界をお見せしましょう』
そう宣言すると、魔法石から弾けるように光が溢れだす。青年を、謁見の間を、最後には王国の空をも覆ってしまった光をみて……その場にいる全員が言葉を失った。
魔物の侵攻があった際、フィブライト王国では一般防御魔法による防壁で対応していたが、ドラゴンなどの飛行タイプだけは防ぐ術を知らず国内への侵入を許すしかなかった。しかし青年の作り出した結界はドームのようにすっぽりと王国全土を覆う、広域かつ強度の高い防御結界だったのだ。
これに一番喜んだのはフィブライト国王だった。魔物に怯え、民たちに『腑抜けの王』とバカにされていた国王にとって青年は何としても手元に置いておきたい“最高の盾”。すぐに彼を王宮騎士として迎え、その一年後には『第一魔法騎士団』の団長へと昇進させた。
さらに青年は、国民たちにも多くの影響を与えた。
いつ来るかわからない魔物の敵襲に怯えていた国民たちは、常に防御結界を張る青年を英雄のようにたたえる。しかも彼の甘いマスクと穏やかな雰囲気は、身分関係なく世の女性たちの心をガシッと掴んだ。
老若男女問わず愛される青年、国内にはそんな彼の銅像が至るところに建てられている。もちろん今いる王都中央にある広場にもその像はあり、多くの人々が写真を撮ったりしながら笑っている。
───像の隣にあるベンチで、無表情のままもぐもぐサンドウィッチを食べている私を除いて。
「お隣失礼しますよっと」
かすかな煙草の臭いと同時に、その声の主は返事を待つことなくドカッと座った。
わざわざ確認することもなくひたすら口を動かしていると、やって来たその人は呆れるように笑う。
「おーおー、相変わらずすげぇ飯の量だな。そのサンドウィッチで何個目だよ」
「6個目」
「腹壊すぞヴィシー」
ヴィシーは幼少の頃に呼ばれていた愛称だ、それを今でも呼んでくるのはこの人しかいない。
「……今はまだ昼休憩なんで、仕事の話なら後でしてくださいガルファ兵団長殿」
キッと睨み付けてやると、その人──ガルファはヘラヘラ笑いながらたじろぐ。
「んな怖い顔すんなよ。ほら、ちょっとだけガルファ兄さんと話しようぜ。なっ?ヴィシー」
「……ちゃんとモートル副兵団長って呼んでくれるなら話聞いてあげる」
そう言うとパァッと晴れやかな表情に変わる。
(ほんと、調子がいいんだから)
同じ孤児院で育ったガルファは3つ上のお兄ちゃん的存在だ。だらしがないけど兄貴肌で、下の子たちからはバカにされながらもなんだかんだ慕われていた。
そんなガルファに誘われ、私は今、一般兵団に所属している。魔力を持たない人間たちで構成された武装機関で、主な仕事は国内で起こった犯罪の取り締まりや要人警護、魔物に襲われた村や町の復興支援など……気付けばNo.2である副兵団長というポストにまでついてしまった。
(まぁ給金は高いし、仕事も慣れれば楽だから文句言わないけど)
それにこう見えてガルファはできる男だ。
無理に仕事は詰めないし、休みの調整もちゃんとしてくれる。明日だって久しぶりの連休で……
「悪ぃっ!急なんだが明日から魔物討伐作戦に合流してくれねぇかなっ?!」
「………………」
前言撤回。
この男はどうしようもないクズ上司でした。
「ちょっそんな目で見んなって!わかってる、言いたいことはちゃんと分かってるからぁぁあ!!」
「……分かってるのにそういうことするんだ。ふーん」
「いででっ!」
うん、とりあえず脇腹つねっておこう。
まぁ普通の仕事なら文句ひとつ言わないんだけど。
「ほら、最近西の領地を魔物から取り返しただろ?うちの奴らも応援で行ってるんだけどさぁーなかなか厄介みたいなんだよ」
「厄介?」
「ああ。結構激しく交戦したみたいでよぉ、パニックになった村人たちの何人かが防壁の外に出ちまったらしい。まだ魔物の残党も近くにいるってのに」
ハァと深いため息。……でもその気持ちはすごく分かる。
「防壁を張ってた魔法騎士は何してんの」
「さぁ、居眠りでもしてたんじゃね?」
あり得ない。防御魔法の中でも防壁は基礎の基礎、 それが内側から出ていけるだなんて技術が低すぎる。
(でもおかしくない?どんなにおざなりでも防壁の中は安全なのに、どうして外に出るような危険なマネを)
「とにかく、今回の討伐作戦はなんかきな臭いんだよ。俺の直感がそう言ってる!だからうちの優秀なヴァネッサ=モートル副兵団長に向かって欲しいんだ」
「……そんな時ばっかり」
「それに、何かあったとき対処してくれるだろ?お前なら」
こそっと耳打ちされつい黙ってしまう。
それは……私のある秘密をガルファは知っている。だからこその人選というわけね。
「……分かったよ」
「お前ならそう言ってくれると思ってた!兄ちゃんは嬉しいぞっ!」
「いや、兄ちゃんじゃないから」
とりあえずどさくさに紛れて抱き着こうとしないでね。
頬擦りしてこようとするガルファの顔を手で押し返し、一枚の書類を受け取った。
「ほらこれ、今回の合流メンバーの名簿。一応さらっと目を通しておいてくれよ、第一魔法騎士団からも何人か応援に来てくれるらしいから」
「第一の……」
「憎き初恋の君はいねぇみたいだけどな。まぁ頼んだぞ!」
豪快に笑いながら去っていくガルファの背中を見ながら、ゆっくりと歩き出す。
魔法騎士団とは、魔物から国を守る王家管轄の特殊騎士団で入団条件は魔力を持つ者に限られる。特にトーマ率いる第一魔法騎士団はエリート中のエリートで、数少ない光属性の魔法を行使できる者が多い。おまけに団員のほとんどが名家出身者で、正直にいうと鼻につく連中だ。
(貴族は……あの女を思い出すから、嫌い)
ただの青年を、たった12年で英雄にまで成り上がらせたシャルロッテ=ニュートロン公爵令嬢。
美しさと権力を兼ね備えた彼女が、どうしてそんな回りくどいことをしてまでトーマを英雄にしたのか。彼女の思惑だけは未だに分からない。
広場を抜けるとき、あの銅像の前を通り過ぎた。台座には刻印があり、その名前が堂々と陽の光を浴びている。
“偉大なる魔法騎士トーマ=ニュートロン”
大好きだったあの人は、公爵令嬢と結婚した。
でもそんなのはもうどうでもいい。過去は過去、私の初恋はもうとっくに期限を切らしているんだ。
ただ、一つだけ彼らは勘違いをしているの。
永遠に続くものなどこの世には存在しない。愛も、魔力もいつかは期限が切れる。その時は……
「どんな顔をするか、楽しみね」
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