上 下
32 / 32

32

しおりを挟む


リンゴーン、と高らかに鐘が鳴る。
小さな窓の向こうは真っ青な空が広がり、外一面に広がる芝に寝転んだらさぞ気持ちが良いだろう。ぼんやりとそんなことを考えていると、今まで優しく髪を結っていた少女と鏡越しに目があった。

「出来ましたよリゼリア様」
「ありがとう、メロ」

少しだけ大人っぽくなったメロとはこうして会うのも一年ぶりで、彼女は終始にこにこと微笑んでいる。

「とてもお綺麗ですよ」
「ふふっ、メロが一生懸命結ってくれたからだよ」

くるっと回ってみるとまとめられた髪には小さな花がところどころ付いている。今まで切りっぱなしだった私の髪はこの一年で伸び、メロの手によって綺麗に整えられていた。
メロは少し照れながらこほんと咳払いを一つする。

「さぁ、もうそろそろ時間です。ドレスを整えますのでこちらに来て下さい」

差し出された小さな手を自分の手を重ねる。その瞬間、鏡の中にうつる純白のドレス姿の私は誰よりも幸せそうに見えた。


『結婚式をやり直そう』


ルド様にそう言われた時、思わず尻もちを付いてしまった。
もちろん結婚式は出会ってすぐに済ませている。王国で一番大きな教会で、国王陛下や第一王子殿下の参列のもと盛大に執り行われた。なのに今このタイミングでやり直すなんて……ルド様の意図についていけず終始はてなマークを浮かべていただろう。
でも、ルド様にはルド様なりの考えがあった。

『今度こそリゼのためだけに誓いたい』

そう言われてハッとした。そうだ、私はまだルド様に愛を誓っていない。
親や周りの参列者の顔ばかりを気にして夫となるルド様への気持ちを疎かにしていた。というより彼への気持ちに気付いたのだってごく最近で、結婚式のときには何とも思っていなかったんだから。

そして私たちはもう一度結婚式をすることに決めた。
参列者はいない、2人だけの結婚式を───





(……誰もいないのに、緊張する)

二度目の結婚式をコンコート教会でやりたいと提案したのは私の方だ。もちろん周りに知られないよう目立たない所でということもあったけど、何よりこの教会には沢山の思い出がある。メロに事情を伝えると、化粧や身支度を自分に整えさせてくれと志願してくれた。そして私は今、シンプルなウエディングドレスとブーケを持ち大聖堂へ続く扉の前で固まっている。

ノブに手をかけゆっくり中に入ると、ただ一人、ステンドグラスからこぼれる光に包まれる人物がゆっくりとこちらを見た。

「リゼリア」

名前を呼ばれただけで胸が熱い。
大好きで、心から尊敬する人がそこにいる。それだけなのにじわりと涙がにじんでしまった。

(ダメ……せっかくメロが化粧してくれたのにっ)

気合いでグッと堪え、ゆっくりとバージンロードを歩いていく。1歩、1歩とルド様に近づく度に心臓がバクバクと騒がしい。
そしてすぐ隣に立ち、ゆっくりと彼の瞳を見つめ返した。自分でも分かるほどカチコチに硬直していると、ルド様は珍しくプッと吹き出すように笑った。

「そんなに緊張しなくてもいいのに」
「っ……ルド様だから緊張するんです!」

あの夜以来ルド様との仲は少しずつ縮まった。意外にもよく笑うこともちょっとだけ意地悪なところも、私の知らない一面が見れる度に心が跳ねてしまう。
でもルド様はいつも余裕そうで、今日も相変わらずかっこいいし……なんだかその差に落ち込む。

「……私ばっかりドキドキしてる」
「……ふっ」
「ま、また笑いましたねっ?!」

肩が小さく震えているのを見てたまらず叫んだ。

「すまない。あまりにも可愛いこと言うから嬉しくて。そんなに言うなら確かめてくれ」
「え?あっ」

手を取られルド様の胸元に押し付けられる。
左胸から伝わる鼓動は私と同じくらい、いやそれよりももっと早い。
パッと顔を上げるとルド様は困ったように微笑んだ。

「さっきからずっとこれだ。二度目だというのに」
「……ルド様も緊張するんですね」
「リゼだけにだよ」

胸元の手をそのまま掴み、ルド様はそっと私の足元に跪いた。リアンナ姉さんに自分がしていた時と同じ、騎士が忠誠を誓うようにその指先にキスを落とす。

「この心臓も、全てリゼリアに捧ぐ。何があっても君の隣に居続けると誓うよ」

アイスブルーの瞳に私がくっきりと映るほどまっすぐに見つめてそう言った。
いつだってルド様は私に誠実だ。こっちの迷いも不安も全部吹き飛ばしてくれるほど堂々と導いてくれる。
そんな太陽のような人を私は心から好きになったんだ。

「……私もです」
「リゼ」
「何があろうともルド様のお側に居続けます。貴方が辛いときは寄り添い、危機が迫るときは絶対に守ってみせます。喜びも悲しみも、全て分かち合うと……ここに誓います」

ただ一方的に守るんじゃなくて、お互いに支え合ってどんなことも乗り越えていかなきゃ。だって私はもう、命令を聞くだけの番犬じゃないんだから。

ルド様がゆっくり私を抱きしめポスッと肩に頭を乗せてぐりぐりと動かした。大型犬にじゃれられているようで少しくすぐったい。

「幸せだ」
「……はい、私も」

こんな私を、見つけてくれてありがとう。
言葉を交わすことなく見つめ合いながらお互いそっと唇を重ねる。

教会の鐘の音と楽しげな子供たちの声が、私たちの新しい関係を祝福しているのだった。




■□■□■□

これにて完結です。
ご愛読頂き誠にありがとうございました。

2023.11.14
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(53件)

mokomoon
2023.12.22 mokomoon

カッコいいリゼ読めて良かったありがとうございましたq(^-^q)

解除
こたえ
2023.11.14 こたえ
ネタバレ含む
紺
2023.11.15

最後まで応援ありがとうございました!
今後の作品もぜひ宜しくお願い致します(*^^*)

解除
ぱら
2023.11.14 ぱら
ネタバレ含む
紺
2023.11.15

最後まで応援ありがとうございました!
これからも何卒宜しくお願い致します( *´艸)

解除

あなたにおすすめの小説

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素
恋愛
侯爵令嬢のディアナは学園でのパーティーで、婚約者フリッツの浮気現場を目撃してしまう。 今まで「他の男が君に寄りつかないように」とフリッツに言われ、地味な格好をしてきた。でも、もう目が覚めた。 さようなら。かつて好きだった人。よりを戻そうと言われても今更もう遅い。 ディアナはフリッツと婚約破棄し、好き勝手に生きることにした。 するとアロイス第一王子から婚約の申し出が舞い込み……。

【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない

千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。 公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。 そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。 その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。 「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」 と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。 だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした

朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。 わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。