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しおりを挟むリンゴーン、と高らかに鐘が鳴る。
小さな窓の向こうは真っ青な空が広がり、外一面に広がる芝に寝転んだらさぞ気持ちが良いだろう。ぼんやりとそんなことを考えていると、今まで優しく髪を結っていた少女と鏡越しに目があった。
「出来ましたよリゼリア様」
「ありがとう、メロ」
少しだけ大人っぽくなったメロとはこうして会うのも一年ぶりで、彼女は終始にこにこと微笑んでいる。
「とてもお綺麗ですよ」
「ふふっ、メロが一生懸命結ってくれたからだよ」
くるっと回ってみるとまとめられた髪には小さな花がところどころ付いている。今まで切りっぱなしだった私の髪はこの一年で伸び、メロの手によって綺麗に整えられていた。
メロは少し照れながらこほんと咳払いを一つする。
「さぁ、もうそろそろ時間です。ドレスを整えますのでこちらに来て下さい」
差し出された小さな手を自分の手を重ねる。その瞬間、鏡の中にうつる純白のドレス姿の私は誰よりも幸せそうに見えた。
『結婚式をやり直そう』
ルド様にそう言われた時、思わず尻もちを付いてしまった。
もちろん結婚式は出会ってすぐに済ませている。王国で一番大きな教会で、国王陛下や第一王子殿下の参列のもと盛大に執り行われた。なのに今このタイミングでやり直すなんて……ルド様の意図についていけず終始はてなマークを浮かべていただろう。
でも、ルド様にはルド様なりの考えがあった。
『今度こそリゼのためだけに誓いたい』
そう言われてハッとした。そうだ、私はまだルド様に愛を誓っていない。
親や周りの参列者の顔ばかりを気にして夫となるルド様への気持ちを疎かにしていた。というより彼への気持ちに気付いたのだってごく最近で、結婚式のときには何とも思っていなかったんだから。
そして私たちはもう一度結婚式をすることに決めた。
参列者はいない、2人だけの結婚式を───
(……誰もいないのに、緊張する)
二度目の結婚式をコンコート教会でやりたいと提案したのは私の方だ。もちろん周りに知られないよう目立たない所でということもあったけど、何よりこの教会には沢山の思い出がある。メロに事情を伝えると、化粧や身支度を自分に整えさせてくれと志願してくれた。そして私は今、シンプルなウエディングドレスとブーケを持ち大聖堂へ続く扉の前で固まっている。
ノブに手をかけゆっくり中に入ると、ただ一人、ステンドグラスからこぼれる光に包まれる人物がゆっくりとこちらを見た。
「リゼリア」
名前を呼ばれただけで胸が熱い。
大好きで、心から尊敬する人がそこにいる。それだけなのにじわりと涙がにじんでしまった。
(ダメ……せっかくメロが化粧してくれたのにっ)
気合いでグッと堪え、ゆっくりとバージンロードを歩いていく。1歩、1歩とルド様に近づく度に心臓がバクバクと騒がしい。
そしてすぐ隣に立ち、ゆっくりと彼の瞳を見つめ返した。自分でも分かるほどカチコチに硬直していると、ルド様は珍しくプッと吹き出すように笑った。
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
「っ……ルド様だから緊張するんです!」
あの夜以来ルド様との仲は少しずつ縮まった。意外にもよく笑うこともちょっとだけ意地悪なところも、私の知らない一面が見れる度に心が跳ねてしまう。
でもルド様はいつも余裕そうで、今日も相変わらずかっこいいし……なんだかその差に落ち込む。
「……私ばっかりドキドキしてる」
「……ふっ」
「ま、また笑いましたねっ?!」
肩が小さく震えているのを見てたまらず叫んだ。
「すまない。あまりにも可愛いこと言うから嬉しくて。そんなに言うなら確かめてくれ」
「え?あっ」
手を取られルド様の胸元に押し付けられる。
左胸から伝わる鼓動は私と同じくらい、いやそれよりももっと早い。
パッと顔を上げるとルド様は困ったように微笑んだ。
「さっきからずっとこれだ。二度目だというのに」
「……ルド様も緊張するんですね」
「リゼだけにだよ」
胸元の手をそのまま掴み、ルド様はそっと私の足元に跪いた。リアンナ姉さんに自分がしていた時と同じ、騎士が忠誠を誓うようにその指先にキスを落とす。
「この心臓も、全てリゼリアに捧ぐ。何があっても君の隣に居続けると誓うよ」
アイスブルーの瞳に私がくっきりと映るほどまっすぐに見つめてそう言った。
いつだってルド様は私に誠実だ。こっちの迷いも不安も全部吹き飛ばしてくれるほど堂々と導いてくれる。
そんな太陽のような人を私は心から好きになったんだ。
「……私もです」
「リゼ」
「何があろうともルド様のお側に居続けます。貴方が辛いときは寄り添い、危機が迫るときは絶対に守ってみせます。喜びも悲しみも、全て分かち合うと……ここに誓います」
ただ一方的に守るんじゃなくて、お互いに支え合ってどんなことも乗り越えていかなきゃ。だって私はもう、命令を聞くだけの番犬じゃないんだから。
ルド様がゆっくり私を抱きしめポスッと肩に頭を乗せてぐりぐりと動かした。大型犬にじゃれられているようで少しくすぐったい。
「幸せだ」
「……はい、私も」
こんな私を、見つけてくれてありがとう。
言葉を交わすことなく見つめ合いながらお互いそっと唇を重ねる。
教会の鐘の音と楽しげな子供たちの声が、私たちの新しい関係を祝福しているのだった。
■□■□■□
これにて完結です。
ご愛読頂き誠にありがとうございました。
2023.11.14
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