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「そうだ……私、ルド様と」

呼び戻された古い記憶に思わず涙が流れる。

番犬になるずっとずっと前に、私たちは出会っていた。
立場も名前も何も知らない状態だったけど、あの瞬間だけは誰よりも心が通じ合っていた時間だったはずなのに。

「どうして私は……そんな大切なこと、忘れて」
「その後リゼという少女を探した。そしてコルトピア伯爵家の次女がリゼリアだと知り、俺はすぐに君に声をかけようとしたんだ。あのパーティーの日に」

途端に口ごもるルド様は沈黙に耐えきれなかったのか、書庫の窓を開けて空を見上げた。
あのパーティーとは、リアンナ姉さんが私を番犬にすると宣言したあの時だろう。その場にルド様もいたなんて……。

「キラキラした笑顔がだんだん曇っていくのに気付いたのは、多分俺だけだ。それと同時に絶望した。コルトピア伯爵夫妻も、君の姉も、周りの奴らも……8才の少女に何て酷な運命を与えるんだと」
「ルド様……」
「そして何より、次期公爵だなんだと囃し立てられてたくせに助けることが出来なかった自分が死ぬほど憎らしかった」

ギリッと歯が軋む音がする。
苛立つルド様の横顔を見つめるうちに、私自身の心臓もぎゅっと苦しくなっていった。

(この人はどこまでも優しすぎる……)

「だから自分なりに強くなろうとした。リゼリアが騎士になることを望んでいるのなら、そんな君を守るために俺はもっと強くあるべきだと思った。次期公爵だろうと信念は曲げられなかったんだ」
「っ……なのに私は、自分のことでいっぱいいっぱいだった」
「当たり前さ、君はわずか8才で修羅の道に放り出されたんだ。俺と出会ったときの記憶が消えてもおかしくない」
「それでも忘れたくなかったです!」

自分でも驚くほど大きな声で叫んでしまう。
大切な思い出を簡単に忘れてしまっていた自分を殴ってしまいたい。
情けない顔を見られないように俯けば、そっと温かい感触が伝わった。ルド様の大きな手が包み込むように頬に触れる。

「リゼリア、愛してる」
「っ!」
「今も昔も君の強さは何一つ変わっていない。暗闇でも照らし続ける星のように、まっすぐで眩しいくらいに光っている。俺はその光があるから今日まで迷うことなく想い続けてきたんだ」

言葉のひとつひとつがじわりと身に染み込んでいく。いつもと同じアイスブルーの瞳の中には私だけが映っていて、奥底までも見透かされているような気分になった。
誤魔化せない本当の気持ちを、このままルド様にさらけ出しても良いのだろうか……。

(どうしよう。もし、拒絶されたら……!)

「リゼ」

優しく名前を呼ぶ声を聞いて心臓が破裂しそうになる。
それでも伝えずにいられない。頬に触れる手に自分の手を重ね、そっと彼の手のひらに口付ける。

「お慕いしております」

やっとの思いで伝えた声は情けないくらい震えていた。
恥ずかしくて今すぐに逃げ出したい。自分の気持ちを伝えることがこれほどまでに勇気のいることだったなんて。

「リゼ……っ」
「わ、私なんかがルド様のお側にいるなんて図々しいって分かってます。でもっ離れたくないんです……これは忠誠心なんかじゃなくて、その……下心なんです」

引かれてないだろうか。私みたいな女がルド様に告白なんて、身の程知らずだと思われてもしょうがないけど……でも止まらなかった。
チラッとルド様の様子を伺えば、片手で顔を覆っていて表情までは読み取れない。

(呆れてる?それとも引いてるかな……?)

「リゼ、もういい」
「っでも、あのっ本当なんです!本当に貴方のことが好きで」
「頼むから……っ」

ぐいっと引き寄せられた身体はルド様にしっかりとホールドされ、開きっぱなしだった唇は噛みつかれるように塞がれてしまった。

「んっ…、っ!」

教会でしたときのような重ねるだけのものとは違う、深くて甘すぎる口付けにただただ翻弄され続ける。
初めての快感に耐えきれず膝がガクンと折れるが、ルド様の腕に支えられながら何度も舌を受け入れ続けた。
ようやく解放された時、情けなく呼吸を繰り返す私を……ルド様はじっと見つめている。

「ぁ、…ルド、さま」
「君はそろそろ自覚した方がいい、自分がどれだけ俺に愛されてるか。それに、そんな嬉しいことを言われて手を出さないほど俺の理性は強くないぞ」

(お、怒ってる……?)

いや、声に怒気は感じられない。
とろんと蕩けた頭で何とか考えてみるが結論は出てこない。そのまま意味も分からずこくこくと頷いてみれば、ルド様は少し呆れたように笑ってくれた。

「まぁいい。これからじっくりと教えてやる」
「ひゃっ?!」

耳元で囁かれつい叫んでしまう。
バクバクとうるさい鼓動と真っ赤になる顔、好きだと伝えた途端なんだかルド様の意地悪が増したような……!案の定、あわてふためく私を見てクスクスと笑っていた。

「さて、帰ろうか。俺たちの家に」
「……そうですね」

笑い合いながら自然と手を繋ぎ、私たちはゆっくりと屋敷に戻っていった。

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