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28 ルドルフ視点

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10回目の誕生日パーティーは、ひどく蒸し暑い夏の夜に行われた。

毎年顔も知らない大人たちが祝いの言葉をかけ、そして欲しくもない高価なプレゼントを置いていく。仲良くもない同年代の令息たちは親から指示に従い、家柄や容姿を褒めちぎってくる……そんな退屈で気味が悪いこの日が、大嫌いだった。

彼らが親しくしたいのは『ヴィアイント公爵家』であり、ルドルフ=ヴィアイントではない。だから俺自身も彼らを必要以上に干渉させなかった。
こちらが話をしなくても向こうが勝手に話を続けてくる。ただ俺はパーティーが終わるまで黙ってうんうんと頷いていればいいだけ、そうしていればあの日だって上手くいっていたはずなんだ。

………気分転換に、外に出ようとしなければ。



「おいっ!静かにしろっ!」

バキッと鈍い音と一緒に頬に走る痛み、そして羽交い締めにする太い男の腕に……自分がとんでもない事件に巻き込まれたのだと悟った。
パーティーを抜け出し庭を散歩していた時、背後から何者かに口を塞がれ引きずられた。自分の家の敷地でまさか暴漢に襲われるなんてと思っていたが、今日に限っては顔の知らない人間が出入りを許されている……こういった緊急事態も想定されるだろう。
襲った男たちは暴れる俺を殴っては黙らせ、蹴っては黙らせ……一時の隠し場所として祖母の別邸を選んだ。

「いいか。大人しくしろよ?パーティーが終わった後ここを出るまでお前は人質だ!」

乱暴に怒鳴った男の一人は書庫だった部屋に放り投げ、ガチャリと鍵を掛けて閉じ込めた。

この時、小さな俺が思ったことはただただ面倒だということ。
きっと奴らは金に困ったゴロツキか、ヴィアイント家に恨みを持つ人間の捨てゴマだろう。どちらにせよあいつらに公爵家の子供である俺を殺すメリットが感じられない、そのせいで不思議と恐怖はなかった。


「あの……君、だいじょうぶ?」


その可愛らしい、彼女の声を聞くまでは。

捕らえられたのは俺だけじゃなかった。
カーテンをしめきった部屋じゃ顔までは分からなかったが、その声や雰囲気で自分よりも幼い少女だと認識できる。パーティーに参加していた令嬢が不運にも連れ去られたのだろうか。

「あ、あのねっ!ちちうえと、ねえさんとパーティーに来たの!でっでも、知らないおじさんたちがここに連れてきて、それで!」
「……分かってるよ、俺も同じだから」
「ど、どうしよう……急にリゼがいなくなったら、ちっちちうえおこっちゃうよね…?」

その少女はひっくひっくと泣き始めた。

(勘弁してくれ……)

少女の心中は察する。が、側でめそめそ泣いている子を慰める余裕はない。殴られたところはまだ痛いし、それよりもどうやってここから逃げ出すかを考えなきゃなんないのに。

確かこの部屋は2階で、そばに手入れされていない植え込みがあったはず。何かクッションになりそうなもので身を包み、その植え込みにダイブすれば致命傷は免れるかもしれない。……ダメだ、一人ならまだしもこんな小さな女の子にそんなこと出来ないか。

「カーテンでロープを作るか。それをつたって……」
「ひっく……ぅうっ!ちちうえ…!リアンナねえしゃま」
「あー、もう泣くな!泣いたってだれも助けてくれない!」

涙でぐちゃぐちゃになった少女の頬を両手で支え、近距離でそう怒鳴ってしまった。

「いいか?この世界は優しくないんだ、子供だって自分の力で何とか立ち上がらなきゃいけない時だってある」
「……おにいちゃ、ん?」
「怖いよな?分かるよ。でも今の君を助けてくれるのは、君しかいないんだ」

それは彼女に向けた言葉でもあり、自分自身に何百回も言い聞かせてきた言葉でもあった。

「……おにいちゃんも、ひとり?」
「ああ、今日までずっと一人で戦ってきたよ」
「……そっか。でも、今は違うね」

“だってリゼが一緒だもんね”

さっきまで泣いていた少女の顔が、一瞬で笑う。その笑顔にドクッと心臓が脈打った。
あんなに武装して他人を受け入れなかった心が溶けていく。この子の笑顔で冷めていた意志が熱を帯びたのが分かった。

「よしっ!じゃあおにいちゃん、ここから逃げるのにリゼお手伝いするよ!何すればいいのかな?」
「あ、ああ……じゃあカーテンを、」

それからの記憶は囚われているとは思えないくらい楽しかった。リゼリアは工作をするように終始笑顔でカーテンを結び、それを近くのテーブルの足に固定し窓の外から垂らした。怖がりながらもするすると降りた彼女は、部屋から出るとガバッと俺に抱きついた。

「……リゼと言ったね。ありがとう、君のおかげだ」
「え?ううん、2人で頑張ったからだよ!」

外に出て初めて彼女の笑顔が鮮明になる。

月明かりに照らされた少女は可愛らしく、何よりもその笑顔が眩しくて美しかった。

「あ、そうだ!おにいちゃんの名前は……」
「リゼ。このお礼は必ずするよ」
「?」
「君に耐えきれない不幸が訪れたとき、リゼを守りに行く。絶対に幸せにするからね」
「?うん、嬉しい!」

きっと意味は分かっていないんだろう、リゼは無邪気に笑い大きく頷いてくれた。

ぱたぱたと走って帰っていく背中を見つめると、あれほど憂鬱だった自分の誕生日が晴れやかなものに変わっていった。

彼女と出会った最高の日。
そして俺が……リゼリアに恋をした日になった。

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