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「いやぁー、なかなか刺激的な夜だったね!」

目の前に座った人物は清々しささえ伝わるような満面の笑みでそう言った。

あのパーティーの翌日。
ルド様の隣にちょこんと座り、突然の訪問者である第一王子に話を合わせながら引きつった笑顔を返す。

「セオ、いきなりやって来るな。リゼが困るだろ」
「い、いえっ私はそんな……」
「えぇー?だって昨日は2人ともさっさと帰っただろ?その後のこととか気にしてるだろうと思ってわざわざ教えに来たのに」

ぷくっと頬を膨らませる殿下。

(なんか少し雰囲気が違うような……)

殿下は上手く感情が読み取れない厄介な印象だった。なのにルド様の前では甘えた弟のように見える。従兄弟だからか、殿下にとってルド様は気を張らなくていい数少ない存在なのかもしれない。……そう考えると、ますますルド様って凄い人だ。

「それで、どうなった?」
「まぁ予想してた通りの展開だったよ。ここ最近、王都を騒がせていた犯罪には大体ネクト商会が関わってた。盗み、揺すり、ドラッグ……質の悪そうなチンピラ雇ってやりたい放題。よくもまぁ今まで足がつかなかったもんだよ」

ハァと大きなため息をつく殿下は、それらをまとめた書類をテーブルに投げ捨てた。

「特にネクトはうちの聴取にも協力的でね、イイコになってしまうほど恐ろしい経験でもしたのかな?」
「は、ははは………」

(殿下の目が見れない……!!)

「それよりも厄介なのはコルトピア家の方だよ。窃盗幇助の疑いがある元伯爵は『何も知らない!全部イーサンが悪い!』の一点張りだし、夫人の方も『リゼリアのためだった』と言ってこっちの話も聞きやしない。ありゃ相当時間がかかるだろうさ」

ハァと深くため息をついた殿下、その表情からは疲労と呆れがうかがえる。

あの2人のことだ、きっと本当に自分は悪くないと思ってる。家のために、子供のために……と言いながら自分たちの欲を満たしていた。
私やリアンナ姉さんは愛されていた訳じゃない。

「……あの、リアンナ姉さんはどうなったんですか」

結局、昨日は会うことも出来なかった。
何もせずただじっと結果を待つような人じゃない。何かしらのアクションを起こしてくるだろうと思っていたのに……

「あのお嬢さんなら心配しなくてもいい。今回の騒動をふまえて社交場への参加権利を永久剥奪したからね、これ以上の面倒ごとは起きないだろう」
「……姉さんが、それを承知したのですか?」
「んー、正確には彼女の夫がね」

姉さんが大人しく従うなんて……。

(それに夫って一体……)

「まぁ彼らに子が出来たら一緒にお祝いしてあげよう。君にとっては一応血の繋がったお姉さんだから」
「は、はい」
「……子が出来たら、ね」

意味深な笑みを浮かべる殿下に訳も分からず頷き返した。

「さてと、それじゃあそろそろ帰るよ。細かい話はまた王宮に来たときに進めようじゃないか」
「ああ。……セオ」
「んー?」
「ありがとう」

帰ろうとする殿下を見送る時、ルド様はしゃんと立ってから深々と頭を下げた。一瞬その美しさに見惚れてしまったが、すぐに私も頭を下げる。

「……が実ったお祝いだよ」
「え、」
「それじゃあまたね」

それだけを言い残して殿下は去っていく。
後ろ姿を見送りながら、チラッとルド様の横顔を盗み見た。

ずっと考えていたことがある。
まだ出会って間もないはずなのに、どうして私をこんなにも大切にしてくれるのだろうか。
少しでも危ない目にあえば誰よりも心配してくれるし、厄介な身内ごとも面倒な顔一つしないで付き合ってくれる。

「ルド様」
「ん?」
「どうしてルド様は私を妻に選んでくれたのですか」

真っ直ぐ見つめなおし、そう一言だけ投げかけた。

「自分で言うのも変ですが、そこまで想われる理由が見つかりません。こんな面倒な女よりも、もっと賢くて可愛らしい女性が……貴方にはふさわしいのに」

(あぁ……痛いな)

さっきからずっと胸が痛い。
ルド様のためだと思って発する言葉がずっと自分を斬りつけているみたい。冷静に一線を引かなきゃと思う反面、心の中の自分はこの人と離れたがっている。

ずっと側にいたい。
それが利用されているだけだとしても、みっともなくまだ隣に立ち続けていたいのだ。

溢れだしそうな本当の気持ちに気付かないフリをするのも、もう限界だった。

「……俺は、君に話さなきゃならないことがある」
「えっ」
「ついて来てくれるか?」

そっと大きな手が私の手を取り、いつの間にか冷えきった指先をぎゅっと包んでくれる。

どこに行くかも告げられないまま、静かに歩き出すルド様に黙って連れ添った。その道中もお互いに口を噤み、ただゆっくりと歩き続ける。



到着したのは、敷地の端にある古い洋館だった。

「こんな建物が敷地内にあったなんて……」
「祖父の頃に作られた別邸だ。病気がちだった祖母が気分転換になればという理由だけで建てられた場所で、もう今はほとんど使われていない」

カチャカチャと古い錠を開け中に入る。

(あれ、この感じ……)

「ここは俺の秘密基地で思い出の場所、そして……」


“俺たちが初めて出会った場所”

ルド様の言葉に、窓も開いていないはずの屋敷にサッと懐かしい風が吹き抜けた気がした。
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