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しおりを挟む「それじゃ、あとはお願いします」
「……え、あっ、はいっ!」
部屋に駆けつけた護衛さんたちは、中の様子を見るなりぽかんと呆けてしまっていた。
「すげぇ……」
「これが、噂の」
「一応急所は外してるので処置さえ間に合えば数日で会話が出来るでしょう。ネクト商会関連の情報だけでなく、余罪がないか細かく取り調べて下さい」
「「「は、はいっ!!!」」」
大まかな指示を出し、そのままパーティー会場に向かおうとした。が、数歩進んだところでピタッと立ち止まる。
(……さすがにこの格好じゃ無理か)
ワインレッドのドレスで目立たないとは言っても、飛び散った血の跡は誤魔化し切れない。大人しく部屋でルド様の帰りを待っていた方が………
「リゼリアっ!!」
ハッとして振り返ると、廊下の向こうから走ってくる2つの人影を見つけた。汗だくなのに顔だけが真っ青の父上は、私の顔を見るなり不自然なくらいの笑顔を向ける。
「探したぞっ!こんな所にいたのか」
「私に何か御用ですか。というかリアンナ姉さんは?」
「り、リアンナは色々と忙しいんだ。それよりも今までどこに居たんだ?!家族のピンチだっていうのに助けもしないで!」
(ん……?)
わざとらしくも思える反応からして父上は本当に何があったのか知らないらしい。その代わり母上は気まずそうに目をそらして口を噤んでいる。つまりイーサンの襲撃について父上はノータッチ、母上は姉さんに利用されたと考えた方が妥当だった。
(だとしても、父上が救ってやれるような善人ってことにはならないからなぁ)
「イーサンはどこだ?!あいつ……私たちを騙していやがったんだ!教会荒らしで盗んだものをうちの港から運ばせていたんだ!くそっ」
「……父上は知らなかったんですか?」
「当たり前だろっ!」
イーサンと対峙した時、父上が盗品の横流しを認知していたのは確定済み。そんなことを知らない父上はペラペラと喋り続けた。
「月に一度の取引でそんな細かいところまで調べ切れないだろう?大体、乾燥シナモンの中に隠していたなんて……」
「それ誰から聞きました?」
「あ?」
「乾燥シナモンの件ですよ。その情報はまだ誰にも公開していない、私とルド様だけが知っている情報なんですけどね」
そう言えば父上の顔がサッと青くなっていく。
「あ、いや……そ、そんな気がしただけで」
正面からもう一度見つめ直せば父上の瞳がゆらりと揺れる。
「まぁそんな失言がなかったとしても、私は最初から父上を疑っていましたけどね」
「んなっ?!」
「ネクト商会の出港記録を見せて貰った時すぐに違和感を覚えました。特に気になったのは輸出量です。あんなに大量のスパイス、他の取引を全てストップさせないとこなせない物量です」
貨物船を出港させるまでにはいくつもの手続きと、それをチェックする作業が必要となる。
航路、積み荷、作業員、天候や周辺にいる船舶など最終確認することは山ほどありコルトピア家ではせいぜい10隻くらいのはずだった。
「ネクト商会が輸出した量は中型貨物船15隻分です。盗品の重さを計上したせいなんでしょうけど、どう考えても無理ですよね」
「っ…!確か大型貨物船が混じってたような、」
「彼らは中型貨物船しか所有していません」
「ならばその日は上手く捌けたんだよっ!15隻分くらい、一日中港を稼働させりゃなんとかなるだろっ!そのくらい分からんのか?!」
ヤケになったのか、父上は大声で怒鳴る。
いつもそう。
この人は都合が悪くなるとこうして怒鳴り付けてきた。今思うとリアンナ姉さんは父上によく似たのだろう、演技が上手いところもそっくりだ。
「こんなに教えて差し上げてもまだお分かりにならないんですね」
「なんだとっ?!」
「ネクト商会の貨物船が15隻だと言ったんです。その日全ての貨物船じゃありません。他の商会の船だって稼働しています」
全ては調べれば分かること、それが何故分からないのか。
「私は……わ、私は何も知らん。知らんからなっ」
「……全てを思い出すまでうちの警備隊がお付き合いしますよ。冷たい地下牢で」
護衛さんたちは父上の手首に手錠をかけ、気の抜けた身体を支えながらゆっくりの連れていく。そしてそのまま、側にいる母上の手首にも同じように手錠をかけた。
「ヴィアイント公爵夫人への暴行幇助の疑いがありますので、御夫人もご同行願います」
「……」
母上は何も言わず、ただ懇願するような目で訴えかけてくる。この期に及んで『許して』『母娘でしょ?』と縋る目が何よりも気持ち悪かった。
親子の関係を断ち切ったのはそっちのくせに。
「さようなら」
聞こえるか聞こえないか分からぬ程度の声を呟き、2人に背を向けて歩き出す。
私にはもう首輪も鎖も繋がれていない。
誰にも悟られることもなく、つぅと静かに涙がこぼれた。
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