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23 ルドルフ視点

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「ルドルフ様」

媚びるような甘い声に、思わず口角が上がった。

(……リゼでなく俺に仕掛けてきたか)

ゆっくりと振り替えれば忌々しくも思える金糸の髪が。似たような色味のドレスを纏った彼女──リアンナ=コルトピアの登場に、それまで張り付いていた人だかりがサッと道を作る。

「義姉殿」
「ふふっ、やだルドルフ様ったら。だったらそんな堅苦しい呼び方なさらないのに」

頬を少し赤らめながら、彼女は“いつも”の部分を強調させる。その異様な空気感に数人の貴婦人たちがピクッと反応した。

(……なるほど、役者だな)

妻である妹がいなくなった直後に接触し、似たような色のドレスを着てくることで関わりの少ない他国からの要人には夫婦に見えるだろう。0だった疑惑を1に引き上げ、あとはそれを2,3と上げるのは彼女の演技次第、というところだろう。

「あ、あの……」
「そのぉ、お二人のご関係って」
「ただの義家族ですわ。今はね」
「い、今は……?!」

混乱はどんどん広がり、気付けば会場にいるほとんどがこちらの会話に耳を済ませていた。そんな様子に満足げな笑みを浮かべ、リアンナ嬢は更に喋り続ける。

「この間もお屋敷にお邪魔致しましてね?それはそれは楽しいひとときを過ごさせてもらいましたの。その時は偶然妹は不在でしたが……ね?ルドルフ様」
「お、奥様がご不在の時に……!」
「そういえば、あの時お渡しした焼き菓子食べて頂けました?甘いものが苦手な貴方のために、少しビターに作ったんですよ?」

調子が上がってきた彼女はぷくぅっと頬を膨らませ、さも俺と親しい間柄だと思わせる素振りを見せつける。
嘘と呼べるようなことは言っていない。が、含みを込めた彼女の言葉は正直気分が悪かった。そんな茶番に付き合ってられるはずもなく、あからさまに大きなため息をついてやる。

「誤解を生む発言はどうかと思いますよ、義姉殿。貴女がアポイントを取って訪問して下さればリゼリアも予定を空けたでしょうに」
「それはどうかしら。あの子は鋭いから、私たちに気を遣って2人きりにしてくれるはずですわ」
「リゼの私への愛はこの色のように深く濃厚だ。どんな異色が混ざろうとも変わりませんよ」

自分の燕尾服を見せつければ、彼女の表情が歪み始めた。

「わ、私だって同じ色で……!!」
「この服はロスターダム王室御用達の仕立て屋にわざわざ染織させたもの、当然妻も同じ生地を使用している。貴女とはそもそも価値が違うんですよ」

この世でたった1つしかないオーダーメイドドレスと既製品じゃ、その価値には天と地ほどの差がある。……少なくともこれで彼女が本命だという線は消えただろう。

リアンナ嬢もそれに気付いたのか、すぐさま次の一手を出してきた。

「ひ、酷いですわっ!そうやって私を弄ぶのですね?!」

わぁぁっと盛大に泣き真似をする彼女は、両手で顔を隠しその場にしゃがみこんだ。

「あんなに深く、愛し合ったというのにぃ……っ!」
「……嘘ならもう少しマシな嘘を付くと良い」
「本当よっ!ヴィアイント家を訪れたあの日、私は貴方に激しく抱かれたではありませんかっ!」

キンという金切り声が広い会場に響き渡った。

「リゼリアでは満足できないと、何度も何度も私を揺さぶって!なのにそれすらも権力で隠蔽しようとなさるの?!ヴィアイント公爵ともあろうお方が!」
「証拠があるのか?」
「あるわ!私のお腹の中にね!」

衝撃的な言葉に思わず目を見開いた。

(……まさか、本当に身籠っているのか)

俺ではない、誰かとの子供を。

「り、リアンナ嬢……そ、それは真実ですか?」
「だとしたら王国最大のスキャンダルだぞ?」
「あのヴィアイント公が不貞を犯すなんて……」
「それも姉妹で……なんて穢らわしいのかしら」

彼女のたった一言で全ての人間が俺を疑った。当たり前だ、子を成すことは容易ではないのだから。

……そうまでして公爵夫人になりたいか。

「貴方が私を愛していなくてもいい。でもっ産まれてくる子に罪はないはずです!」
「……だから自分を公爵家に迎え入れろと?」
「この子はヴィアイント家の跡継ぎですよ?!」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げるリアンナ嬢に、周りの人間は皆心を揺さぶられていた。その表情はまさしく子を思う母親の顔で……誰も彼女を疑うことはしなかった。

ある一人を除いては。

「……貴女に少しでもリゼリアへの愛情が残っていたならば、手酷いことはしないつもりだった」
「……は?なんですの急に、」
「だが、もういい」

この女は、人を傷つけ過ぎた。
そしてこれからもリゼリアを苦しめる可能性がある。その芽だけは何としても摘んでやらないと。

「貴女が訪れたあの日、邸には貴女の他に来客がいた」
「?そうよ、イーサンも一緒に居たわ」
「イーサン=ネクトだけではない」

じっと彼女を見つめると、まだ状況を理解していない顔で首を傾げた。

そう。あの日、屋敷には他の客人がいた。それも彼女たちが訪れるより前から……

「そんなの、他に誰が……」
「僕だよ」

聞こえるはずのない高い場所からその声は聞こえる。
誰もが声の主へと顔を向け、そして呆然とした。

王家の血を継ぐ者しか立ち入ることが出来ない王室専用デッキ。現国王の隣に堂々と座る奴の名を、この場にいる全員が知らないはずもない。

「このセオドラ=ロスターダムが証人だよ、お嬢さん」

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