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22 イーサン視点
しおりを挟む※暴力、流血シーンがあります。苦手な方はお控えください。
そこには、怯えるリゼリアがいるはずだった。
母親に騙されて涙する彼女を、優しく包み込んだ後に抱き潰す。リアンナの指示通りに動いてやるのは癪だったが、次彼女に会えるチャンスはないかもしれない。
ならば、この場でリゼリアを犯す。そして傷物になって公爵に捨てられボロボロの彼女を、僕だけが愛しているんだよとじっくり調教してやれば良かった。
それだけだったのに……
目の前で弾ける血飛沫と、指先の激痛。
そして涙ひとつ流れない冷たい目が僕を待ち構えていた。
「イーサン」
「あ……ぇ、え、?は……?え、?」
「落とし物、ちゃんと持って帰ってね」
スッと差し出された手のひらにコロコロと転がるのは……
「ぼ、ぼ、ぼっくの、ゆゆゆゆゆゆ」
失くなった指だ。指先だ。僕の、ぼくの……っ?!
「ぁああああぅぁああっっ?!?!」
「「「ぼ、ボスっ?!」」」
切られたのは右手の指だった。痛みで、痛みで上手く喋れないし立っていられない。駆け寄ってきた奴らは状況を把握していないながらも、必死で患部を押さえて止血する。
汗や涙や鼻水で、上手く呼吸ができない。
「て、てめぇぇええ!!」
1人がリゼリアに殴りかかる。
(……あれ?そういやリゼリアは、どうやって指を切り落としたんだろう)
その瞬間、視界の端でキラッと光る何かに気付いた。細くて白い彼女の手には……ナイフが握られている。
腕の太さも倍ある男の拳をひらりと避けた彼女は、迷うことなく横に振り切った。
刃先は男の額をまっすぐに切り、男の視界を真っ赤に染めてしまった。
「あぎゃぁあああいああああああぁ!!!」
「こ、このアマぁぁあ!」
次に飛びかかった男はパキッと足の骨を砕かれた。
その次は側頭部に蹴りを入れられ、耳から血を流す。
その次は股間を蹴りあげられ悶絶。……恐らく破裂してしまったのだろう、痛みで意識を失っている。
結局、部屋にいた男たちは全員致命傷を受け倒れていた。
絶叫と充満する血の臭いに意識が飛びる寸前……が、そうできない理由があった。
「イーサン」
血溜まりの中、真っ直ぐに立ち続けるリゼリア。
凛として迷いのない姿が僕の大好きな彼女そのもの。
だが、何かが違う。
(あぁ……これだ、この目だ。目が違う)
ガラス玉のように透き通った瞳は、こっちを見つめているが僕という存在を捉えていない。
意志がない人形のように冷たくて恐ろしい、そんな彼女から逃げ出す勇気さえ今の僕には残されていなかった。
「正直な話、家族には少しばかり感謝してるんだ。あの人たちが慈悲もなく戦いの場に放り出してくれたおかげで今の強さを手に入れられた。そうでなければ、堂々とルド様の隣になんか立っていられなかっただろうから」
「は、…り、リゼリ」
「でもねイーサン。貴方には塵ひとつ分の感情も抱いていないんだ」
彼女の長い脚がゆっくりと持ち上げられた後、地についていた真っ赤な指先めがけて勢いよく踏みつけられる。
「ああああぁうあああががぁぁああっ?!!」
「安全な場所から人をオモチャのように動かすのは楽しかった?」
ニィっと笑うリゼリアに、身体中の血の気が引いていく。
(もしかして全部知ってて……?!)
先日、商売を手伝わせていた盗人集団と連絡がつかなくなった。
まともに働けない奴らに教会荒らしをさせていたが、約束の期日になっても盗品は納入されなかった。恐らく自警団に取っ捕まったのだろうと早々に繋がりのある資料は破棄したのだが……まさかリゼリアが勘づいていたとは。
「今頃、ネクト商会が所有している船に立入捜査官が令状を持って押し掛けているよ。セオドア=ロスターダム殿下とルドルフ=ヴィアイント公爵の名の元に」
「っそ、それがどうし」
「そして見つけるはず。小分けにパックされたシナモンの中から教会の盗品の数々をね」
「?!?!」
「香辛料は香りと乾燥の鮮度が命。中を開けてまで調べることはないと踏んだ作戦も今日で終わりだよ」
シナモン。盗品。
その単語にもう言い逃れが出来ないところまで掴まれていたんだと悟った。
仕入れたシナモンを盗人に買わせ、そこに盗品を隠して商会に戻させる。奴らには報酬と先入れしたシナモンの代金を与え、あとは外国で盗品を売り捌けば足はつかないはずだった。だが……
「い、良いのか?!お前の親だってぇ!!」
そうだ、コルトピア伯爵だって同罪だ。あの船に盗品が積んであるのを知ってて船を出港させてたんだから。
僕だけじゃない、あいつらもまとめて牢屋行きさ!馬鹿め、馬鹿なリゼリアめ!自分の親の悪事まで暴きやがって、本当にバ………
「そうだね、コルトピア家は終わりだ」
「……あ、へ?」
「むしろ終わらせるために動いた。今頃ルド様があの人たちを粛清してるだろうね」
淡々と告げるリゼリアに反応が追い付かない。
自分の親を、姉を……あのリゼリアが見捨てるはずはないと思っていたから、呆気ない返事が上手く処理できない。
(もしかして、これが本当のリゼリア)
「さてと、じゃあそろそろこっちも片をつけよう」
「え………ぇ?っあ、あの」
「よく覚えておくといい。犬ってのは忠誠心が強いが、裏切られれば元の主人であろうがその痛みを忘れることなく何度だって噛み付く」
リゼリアは無事だった僕の手を引っ張り、5本揃った指を綺麗に伸ばした。
「その指を、その腕を引きちぎるようにね」
振り下ろされたナイフは真っ直ぐ落とされた。
「あぎゃああああああああああああああっっ!!!」
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