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パーティーって………

「ヴィアイント公爵夫人っ!お会いできて嬉しいです」
「そちらのドレスすっごく素敵ですねぇ!」
「お肌がすっごく綺麗ですわぁ、羨ましぃ~」

(ものすっごく大変……!!)

かれこれ1時間、貴婦人や令嬢たちに囲まれて身動きが取れない。一通り話が済んだと思ったらまた次、終わったらまた次と……飲み物を取りにいく暇もないとは思ってなかった。
横にいるルド様も同じように貴族たちに囲まれていた。

(少しだけ外の空気を吸いたいんだけど……)

1歩後ろに下がった時、背後で順番待ちをしていた令嬢にトンとぶつかった。そして不運なことに、彼女の持っていたシャンパングラスの中身が見事にドレスにかかってしまう。

「きゃあっ?!」
「ちょっ!あなたっ、夫人のドレスにシャンパンをかけるなんて一体どういうつもりなのよっ?!」
「わ、わ、私は……な、なんてことをっ!!」

突然のハプニングに女性たちはあわてふためく。
シャンパンをかけてしまったご令嬢は顔を真っ青にし、涙目になりながら何度も謝罪の言葉を叫んだ。

「も、申しわけっ」
「ごめんなさい。私がぶつかってしまいました、お怪我ありませんか?」
「へ?あ、わ、私は全然っ!」
「良かった」

令嬢の手を取り、彼女の指をそっと撫でる。

(公爵夫人らしく、ここはスマートに……)

「かわいい貴女に怪我がなくて何よりです」
「っ!!!」

フルールさん直伝の笑顔。
令嬢はもちろん周りにいた女性たちも顔を真っ赤にし、何も言わずただ口をパクパクとさせていた。

(((((((て、天然タラシ………!!!)))))))

とはいえ、この状態のままでいる訳にもいかない。

(今日はこのままパーティーを抜けるか……)

「リゼリア」

不意に名前を呼ばれ振り返ると、人だかりを掻き分けるようにしてこちらに1人近付いてくる。

「母上……」
「久しぶりね」

力なく微笑む実母に心がざわめいた。

私とリアンナ姉さんを産んだ母──フランシス=コルトピアという人は美しいものが大好きな人だった。
ドレス、宝石、家具、花……キラキラして眩しいものばかりを集めては、大切に大切に眺めている。
そんな母上にとっての一番の宝物はリアンナ姉さんで、私はただのオマケ。父上と姉さんに厳しく躾られているときも、一緒になって責めることはなくともずっと無関心を貫いていた人。

その母上が今さら私に何の用が……

「あなたに合うサイズの予備ドレスを持ってきてるわ。それに着替えなさい」
「……」
「公爵様に恥をかかせてはいけないでしょう?」

チラッと見る先には、未だにゲストたちに囲まれているルド様が。

「何してるの、早く行くわよ」
「………はい」






■□■□■□■□■□

案内されたのは王宮内にあるゲストルーム。
母上は持ってきていたトランクを開け、中にある何着かのドレスを楽しそうに並べ始めた。

「いつもあなたにこうしてドレスを選んであげてたわねぇ。着れる服があんまりないから頭を悩ませてたのよ?」
「……ずいぶんと昔の話です」
「そうね。それからすぐに決闘に出ることになって男のように育ってしまった。でも今はこんなに大きなジュエリーが似合う女性に成長したのね」

選んだドレスを私にあてながら、母上はうるうると涙を浮かべる。

「あぁ、綺麗よリゼリア。やっぱり私の自慢の娘ね」
「……着替えてきます」

目を輝かせる母上と、これ以上話をしていたくなくてパーテーションの向こうに逃げるように移動した。

(何だろう、この違和感)

「ふふっ、これからの楽しみが増えるわぁ、いっぱい一緒にお買い物に行きましょうね」
「………何の話です」
「やぁねこれからのことよ。あなたはイーサンと結婚して近々うちに帰ってくるんだから」

扉が開く音がしたと同時に、鍵が閉まる音。
パーテーションから少しだけ身を出し確認すると数人の男たちが入ってきていた。
その先頭にいるのは……

「イーサン」
「着替えの途中で失礼するよ、リゼリア」

ニッコリと笑った顔に思わず舌打ちをする。

(なるほど、呼び出し役に母上を使ったのか)

パーティー会場で母親が娘に話しかけることは不自然じゃない。姉さんやイーサンにばかり気を取られていて、すっかりこの可能性を見逃していた。

(……いや違う、きっと期待してたんだ)

父上も母上も、今回ばかりは私の娘の幸せを優先してくれるだろうって。

「それじゃ私は会場に戻るわ。イーサン、くれぐれも顔に傷なんかつけるんじゃないわよ。この子の美しさが半減しますからね」
「分かってますよお義母様。それとすぐ可愛い孫を抱かせてさしあげますから」
「ふんっ!」

その会話のあと、すぐに扉がまた開く音がした。
どうやら母上は退室したようで、残されたイーサンと男たちの下衆な会話だけが聞こえてきた。

「ボス、俺たちだけお預けなんてひでぇよ!」
「お前らには後で女をあてがってやるよ」
「「「「うっしゃぁああああ!!」」」」
「だから、しっかり押さえつけとけよ」

コツコツと近付く足音。それがイーサンであると確信はあった。

(そっか……やっぱり母上もダメだったか)

父上も、姉さんも、母上も私を愛してくれなかった。
分かってはいた。だからこそ……清々しい。

「僕のかわいいリゼリアぁ~!」

指がパーテーションにかかった瞬間、

ぽとり、と物が床に落ちる。

「へ、?」

コロコロと転がるイーサンの指先を眺めながら、私はふぅと深く息をついた。


「まぁいいか。私にはルド様がいるんだから」

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