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「遅いね」
「遅いですねぇ」

野盗襲撃の翌日。
私とメロは教会の前の階段に座り、ぼんやりと道の先を眺めていた。

もうすぐ午前が終わろうとしている。なのに……まだルド様は教会に到着していなかった。

「何かあったのかな」

騎士と領主の仕事をどっちもこなすルド様は、大量の仕事をさばくために細かなスケジュールを組む。だからこんなに予定がずれるのはかなり珍しい。

(今から屋敷に戻ってもすれ違ったら意味ないし、それにがいっぱいあるしなぁ)

振り返る先の小屋には、昨日捕らえた野盗たちがぎゅうぎゅうに詰め込んである。
護衛の2人がちゃんと監視してくれているから問題はないが、奴らを近場の収容施設まで連れていくには3人だけでは面倒なので大人しくルド様たちの到着を待つことにしたのだが……

(私だけでも様子を見に行こうかな?すれ違ったとしてもメロがここに居てくれるなら問題ないし)

そこまで考えてふと疑問が浮かんだ。

「そういえば、メロたちってルド様と面識あるの?」
「公爵様ですが?ありますよ!たまに教会にやって来て食料や本を持ってきてくださいます。見た目はちょっと怖いけど」

子供たちからしてみれば背の高い男性はそれだけで少し威圧的だ、ましてやルド様が他の人よりも体格が良い。
でも彼の優しさがちゃんと子供たちに伝わっているようで少しだけ安心した。

「でも納得です。あの公爵様がリゼリア様を好きになったの、子供の私たちでも分かります」
「えっ?!いや、ルド様は私なんか好きにならないよ」
「?結婚って好き同士でするんですよね」

きょとんとした顔で聞き返すメロに苦笑した。

(決闘の景品として貰って頂いた、なんて言えないよなぁ)

特殊すぎる出会いと経緯はメロの夢を壊しかねない。真実をそっと胸の中にしまっていると、メロはうっとりとした顔で教会のステンドグラスを見つめた。

「いいなぁ、私も素敵な人と結婚したいです」
「ふふっ、メロならできるよ」
「ホントですか?!お金持ちで、顔もカッコよくて、それで私のことすっごく愛してくれる人とですよ?!」
「で、出来ると思うよ……?」

(意外に理想が高いんだな……)

「それで、この教会で結婚式を挙げるんです!この教会は他と比べたら小さくて古いかもしれないけど、これまで沢山の人たちを祝福してきた教会だから……だから、きっと、神父様も喜んでくれます」

メロは泣きそうな笑顔でそう言った。

敵を討ち取っても彼女たちの大切な人は戻ってこない。
もっと早くここに来れていたならば、神父様はまだ生きてメロたちと楽しく過ごせていたのだろう。役目だなんてカッコつけてても、私は全て守りきった訳じゃない。

(でも……情けなくても、進まなきゃ)

こんなに小さな子が頑張って生きているんだから。

「大丈夫。メロはとても可愛いからすぐに素敵な人が迎えに来てくれるよ」

隣にある小さくてふわふわの髪を優しく撫でると、さっきまで普通だったメロの顔が真っ赤に染まる。

「っり、リゼリア様の笑顔は心臓に悪いです……ただでさえ綺麗なお顔なのに、さらっと王子様みたいなことしちゃうんだから!」
「え、王子様?犬ならよく言われてきたけど……」
「無自覚もここまでだと罪深いですね」

ハァと大きいため息をつかれた。

「でもまぁいっか!どんなに周りが騒ごうともリゼリア様が公爵様を愛してることは変わりないですもんね」

愛、という言葉に胸がチクッと痛んだ。

(私は……ルド様を愛しているのかな)

ルド様のことは尊敬している。
あの方がいなかったら今頃まだ番犬として周りに操られる人生を送っていただろう。期待に応えたいとも思うし、彼が望むことなら叶えてあげたいとも思ってる。
でもこれを“愛”と呼べるほど、私は人と関わってこなかった。

自信がない。
愛している自信も、愛されている自信も───


「あっ!!リゼリア様、来ましたよ!」

ハッとして立ち上がると、さっきまで見続けていた方向から馬車がやってくる。
近くで停車すると扉が開き、一人の男が降りてきた。

「リゼリア」

低くて心地のいい声に、それまで張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れた気がした。

彼が到着するまでの間、何度もシュミレーションしてきたはずだ。
まずは労い、何があったかを全て分かりやすく説明する。取り乱した姿なんか見せないでスマートな振る舞いをすると決めていたのに……

気付けば、ルド様の元に走り出しそのまま勢いよく抱き着いていた。

「っ!り、リゼ……」
「ルド様……」

無事で良かった。
そう伝えればいいのに上手く言葉が出てこない。子供のようにぎゅうぎゅうと抱き着いていると、ぽんぽんと優しく背中を叩かれようやく顔をあげた。

「リゼリア、無事で良かった」
「……ルド様も」

優しい笑顔につられて笑うと、ルド様は一瞬びっくりしてまたすぐに微笑み返してくれた。

大きな手のひらが頬を包み、親指がそっと唇をなぞる。

(あ、どうしよう)

なぞられた唇が熱くなる。
徐々に近付くルド様の瞳がゆっくりと伏せられるのに気付き……このあと何をされるか、すぐに予想できてしまった。

離れることも、拒むこともどちらも出来た。
尊敬の気持ちを隠れ蓑にして、このまま程よい距離感で居続けることだって出来たはずなのに。


それでも私は心の従うままに、そっと目を閉じて彼の優しい口付けを受け入れたのだった。
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