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14 リアンナ視点
しおりを挟む「間もなく当主様がいらっしゃいますので、どうぞこちらでお待ち下さい」
ヴィアイント家を訪れて1時間後、ようやく私とイーサンは屋敷の中に案内された。
正直門前払いされた時はどうしようかと思ったけど、粘ってみるものね。私はすぐ近くにいた侍女を呼びつける。
「これ、ルドルフ様のお口に合えばいいんですが手作りのクッキーです」
「……旦那様は甘いものをお召し上がりになりません」
「そうお聞きしてましたので、甘さ控えめにしてあります。妹がいつもお世話になっているお礼ですので必ずお渡しして下さいな」
念を押せば侍女はしぶしぶ受け取る。
(失礼な女。公爵夫人になったらクビにしなきゃ)
どうやらリゼリアはここの使用人たちに気に入られているらしい。ここに来る間に何人もの使用人たちとすれ違ったが、全員私たちを冷ややかな目でじっと睨んできた。
でも、そんなの結局は関係ない。
この当主はルドルフ様で、彼に愛された女こそがここでの実権を全て握ることになるのだから。
「おいリアンナ。本当に大丈夫か……?」
隣に座るイーサンがこそっと話しかけてきた。
「大丈夫だってば、静かにしててよ」
(ほんと口だけの男ね…、だっさ!)
本当は連れてきたくなかったけど、この作戦にはどうしてもイーサンの存在が必要だった。……居ないよりはマシって程度だけど。
「失礼致します。当主様が参りました」
部屋の扉がガチャリと開き、私とイーサンは立ち上がり頭を深く下げた。チラッと目だけを向けると、颯爽と現れた人物はそのまま向かいのソファーに腰かける。
座ったことを確認してから顔をあげると、彼──ルドルフ=ヴィアイント公爵と目がバチッと合う。
(あぁー……やっぱりいい男だわ)
品のある顔立ちと溢れ出る男の色気。服の上からでも分かるがっちりとした体格にゴクッと生唾を飲んでしまう。
雲の上の存在だと思っていた公爵が、今、私の目の前にいる。このチャンスを絶対に逃すもんですか!
「突然の訪問をお許し下さり感謝いたします。公爵様におかれましては益々のご活躍を……」
「挨拶は結構。来訪の用件を聞かせて貰おう」
異性にこんなに冷たく扱われたのは生まれて初めてだった。慣れない対応に背中がゾクッとなり、すぐに次の言葉を用意する。
「……リゼリアはどちらに?」
「妻は公務で屋敷を出ている」
「戻りはいつですの?」
「貴女に教える義理はない」
「私はリゼリアの実の姉ですよ?妹の心配をして何が悪いというのですか」
そこまで言うとルドルフ様がギロッと睨んできた。
(この目、クセになりそうね)
「まぁ良いでしょう。本日は公爵様に折り入ってお願いがありこちらに伺いました」
「……何だ」
「今すぐリゼリアと離縁して下さいませ」
ガタガタっ──
私の言葉を聞いて侍女たちが取り乱す。一流とされる公爵家の使用人もまだまだね、こんなことで動揺してしまうなんて。
出された紅茶に口をつけ、それまで置物のように座っていたイーサンに向けて手を出す。
「彼はイーサン=ネクトと言って、数年前から我がコルトピア家を支援して下さっているネクト商会の経営者です。彼にはリゼリアもとても懐いておりまして、あの決闘が終わった後、2人は結婚する予定でした。そうよね?」
「ぅえっ?!あ、ああ!」
突然話をふられて挙動不審になるイーサン。
舌打ちしたい気持ちを何とか押さえ込み話を続ける。
「愛し合う2人を引き裂いてまでリゼリアを公爵家に迎える必要があったのでしょうか。正直に申し上げますと、このままではヴィアイント家の評判は地に落ちてしまいますよ?」
「………」
「略奪愛、なんて印象悪いですもんね」
貴族にとって一番多大切なのは面子だ。特に上位の貴族であればあるほど、自身の立場を脅かされることを恐れている。
決闘の時、リゼリアは確かに未婚の令嬢だった。でもそれがもし恋人との結婚を控える令嬢だったとしたら?ルドルフ様がした行いは“求愛”でなく“略奪”に変わる。
(貴婦人たちはスキャンダルが大好物。社交場に顔を出すことさえも毛嫌いする彼が、果たしてそんな面倒な状況に耐えきれるかしら)
「もちろんタダで離縁して頂こうと思っておりません。リゼリアの代わりに私が公爵様にお仕え致します。人付き合いが苦手なあの子より、よっぽど使い道があると思いますわ」
勝算はある。というか、ないわけがない。
ちらっと様子を伺うと、ルドルフ様は何か考え事をするように腕を組んだ。もうひと押しってところかしら?
立ち上がりルドルフ様の隣に腰かける。
逞しいその腕にそっと触れると、彼の綺麗な瞳に私の顔がくっきりと映った。
「お優しい公爵様、どうかリゼリアのために」
「……リゼのため?」
「えぇ!リゼリアが愛するのは公爵様でなく、このイーサンです。2人の愛を私たちで優しく見守ってあげましょう?」
あくまでリゼリアを想う姉を演じながら、ルドルフ様に身体を寄せる。
「そうか……リゼは、この男を愛してるのか」
「えぇ、そうです」
ぼそぼそと独り言を続けるルドルフ様に寄り添いながら、彼の顔を下から覗き込んだ。
(これで決まり、この男は私の…………っ?!?!)
彼の表情を確認してバッと勢いよく体を離す。
一目で分かってしまうほどの激しい怒りに、私やイーサンだけでなくその場にいる全員が凍りついた。
「ダメだな……たとえその言葉が嘘だったとしても、嫉妬で今すぐその男を殺してしまいそうだ」
もしかして私は見誤ったのかもしれない。
ルドルフ=ヴィアイントという男の、リゼリアに対する愛を深さを。
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