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しおりを挟む翌日の朝。
案の定、シスターはハァハァと息を切らし顔を合わせた瞬間声をかけてきた。
「あ、あのっ!公爵夫人、メロに聞いたのですが……」
朝の挨拶もろくにせず慌てた表情を見て、指示通りメロがいい仕事をしてくれたのだと悟った。
彼女の頑張りを無駄にしないよう、澄ました笑顔を張りつけ小声で話を始める。
「シスター、その件はまだ非公表ですので詳しくはお伝えできません。ですがこの教会にとっても有益なお話になると思いますよ」
「ゆ、有益……ですか」
「はい。だってあのヴィアイント公爵の邸がすぐ側にあるんですから、荒らす子ネズミは1匹たりとも逃れられないでしょう」
そう言えばシスターの顔色がどんどん青ざめていく。
「は、はは……た、頼もしい限りですわ!」
「………」
「そ、そうそうっ!私、これから少し町に行かなくてはならないのですっ!夜には戻りますが、る、留守をお任せしてもよよよ宜しいでしょうか?!」
「えぇ、もちろん」
にっこりと笑ってやると、シスターは飛び出すようにして教会から出ていった。
(きっと仲間に報告に行ったんだな。よほどの間抜けじゃなければ今夜奇襲をかけてくると思うけど)
彼女の姿が完全に見えなくなったタイミングで、護衛の2人がやって来た。
「……では、作戦の再確認を」
「「はい」」
「今夜、子供たちにはいつも寝泊まりしている部屋ではなく二階の屋根裏部屋に集めましょう。そこにいく階段の前に1人ついていて下さい。もう1人は私と一緒に敵を討ちます」
きっと野盗たちは真っ直ぐ神父室を訪れ、早急に金目のものを持ち出すだろう。こちらの情報が筒抜けになっている以上、子供たちだけでも他の場所に匿う必要があった。
(問題は相手の人数が把握しきれていないこと。なるべく教会に入る前に戦力は削っておきたいんだけど………ん?)
神父室の中をぐるぐる漁っていると、本棚の一番下に謎のスペースを見つけた。
(綺麗に整頓された本棚なのに本一冊分の変な隙間……特に変わった感じには見えないけど、何か引っ掛かる)
きょろきょろ辺りを見回すと、埃をかぶった棚の中に、比較的綺麗な本を見つけた。
5センチほどの厚さの本で、持ち上げてみると見た目以上にずっしりと重みを感じる。
「……もしかして、これって」
「奥様?」
「……どうやらシスターは鉄線の謎を神父様に聞き出していたようですね」
安心しきった彼女の顔が容易に想像できてしまう。
「勝機、見えてきたかもね」
そして夜になる。
屋根裏部屋に移動した子供たちは、いつも立ち入らない場所に興奮していたようだったが、そこは年長者のメロが上手く落ち着かせ寝かしつけてくれた。
教会の灯りを全て消し、息を潜めて待ち続ける。
「今夜は満月なんですね。月明かりで遠くまで見渡せます」
「……奥様、やっぱり今からでもお逃げ下さい!もし奥様の身に何かあったら公爵様に合わせる顔がありません」
一緒にいた護衛の1人は我慢していた本音を絞り出した。
「最悪子供たちだけでも守りきれば……援助金も教会も手放して、とりあえず逃げて」
「それは出来ません」
「何故です?!」
「ここがあの子たちの大切な場所だからです」
彼の言っていることは分かる。
命あればこそ、田舎の盗人とはいえ少数で打ち勝てる確率は決して高いとはいえない。でも……
「父親を亡くしたばかりなのに思い出の場所まで奪いたくありません。これ以上、大人の都合に振り回される子供たちを増やしたくないんです」
きっとあの子たちにとってのいい思い出は“神父様“と”この教会”しか残っていない。たったらそれを奪ってしまうのは、あまりにも酷なことだ。
「……申し訳ありません。出過ぎた真似を」
「いえ、心配してくれてありがとう」
「っ!」
そっと微笑むと彼の顔が真っ赤になった。
体調が悪そうには見えないけど……とりあえずは納得してもらえたらしい。
がさっ───
茂みの一部が揺れ動き、身を隠しながら外を確認した。
(1、2、3……全部で20ってところか)
一番後ろにはあのシスターの姿もある。予想通り、彼女はやつらの共犯だったらしい。
音を立てないようにジリジリと近づいてくる集団にゴクッと生唾を飲み込んだ。
(大丈夫……出来る、信じて)
自分のこれまでの人生を。剣を。ルド様のことを。
やつらが鉄線に足をかけ、よじ登るようにして中に入ってくる。前もって電流が通っていないことを知っていたのか、疑うことなく次々に足をかけた。
私は昼間見つけた分厚い本を手にとり、本棚のあの隙間にその本をはめ込んだ。
(まさか、この本が通電のスイッチだったなんて)
表と裏の表紙部分が固く、指ではじくと金属音がした。この本を隙間に収めることで回路が繋がり、そして……
バリバリバリバリっ────!!
激しい閃光と、布が焼ける臭い。
外を見れば数人の男たちが鉄線の外側でのたうち回っている。
感電した男たちは9人、残りは運良く鉄線の中に転げ落ちたようだ。
異様な事態に気付いたやつらは急いで起き上がり、奇襲に備えすぐに建物の中に入ってきた。
「さてと、そろそろ準備をしましょうか」
「はい」
剣を抜き取り、その刃先が月明かりでキラッと煌めいた。
「悪い大人は犬に噛まれてもしょうがないですからね」
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