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しおりを挟む「おはようございます、リゼリア様」
ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐり、ふわふわのベッドの上で寝返りをうつ。
「ん……」
(いつもなら誰も起こしにこないのに……)
リアンナ姉さんと違って屋敷の使用人たちは私を世話したりしない。彼女たちの中で私はリアンナ姉さんを守るための従僕のような存在であり、仕えなきゃいけない令嬢ではないからだ。本来であれば主人である父上に叱りを受けなくてはならないが……そこまで父上は私に興味がなかった。
放置され続けた結果、いつものようにこじんまりとした自室で勝手に準備するのがルーティーンになっていて……
(あれ?そういえば目覚ましの音しない………)
「お茶のご用意ができました。宜しければいかがですか?」
ガバッと勢いよく起き上がり、まだ眠たい目を気合いでこじ開ける。
ベッドサイドにはしわ一つない侍女服を纏った女性が、ニコッと優しく微笑んでいた。
(そうだ、ここは……)
「おはようございます、奥様」
「……お、おはようございます」
段々と昨日のことを思い出してきた。
今日から私は“番犬”ではなく、“ヴィアイント公爵夫人”になったんだった。
衝撃のプロポーズの後、私はその日のうちにヴィアイント公爵家に迎えられた。
突然すぎる輿入れに両親はもちろんリアンナ姉さんは大反対で、大勢の観客たちも予想外の結果に大声で抗議し始めた。
『どうしてリゼリアなんです?!決闘に勝った者は、私を妻にする約束でしょう?!』
『そ、そうだっ!それにこの子はイーサンと結婚し、家を継ぐ役目がある!後継者を奪うおつもりか?!』
『かわいいリアンナでなく何故こんな子を?!恥をかくのは貴方ですよ、ヴィアイント公爵っ!』
『リアンナ嬢の方が公爵夫人に相応しいだろっ!』
『番犬が公爵夫人ですって?!そんなの認めないわ!』
そして離れた位置から睨みをきかせるイーサン。収拾がつかないだろうと思われたこの場をおさめたのは、意外な人物だった。
『ぎゃーぎゃーうるさいね。決闘のルールに“リアンナ=コルトピアを嫁に貰う”なんて書いてないだろ?』
気怠そうな声が聞こえ一斉に顔を向ける。
それはこのロスターダム王国の次期国王とされる王太子、セオドラ=ロスターダム第一殿下のお声だった。
さっきまで騒いでいた全員が黙り込む。
結局、決闘のルール上問題がないとして彼らの意見は却下された。
そして私は、あれよあれよという間に公爵邸に足を踏み入れることになった訳だが………
「もうっ!奥様にはぜぇーったいこっちのドレスの方が似合うわよ!」
「ハァ?!そんな派手なのダメ!このスカイブルーのドレスの方が良いわ!」
「分かってないわねぇ、旦那様は落ち着いた色を好むのよ?だったらこの新緑カラーの……」
「「えぇー?おばさんぽい」」
きゃっきゃと騒ぐ若い侍女たちのやり取りを眺めながら、出されたお茶をコクンと飲んだ。
「申し訳ございません奥様。あの子たち、朝からあんなに騒いで……」
「いえいえそんな、明るくて楽しそうですよね」
「もう!いい加減になさい!」
側でお茶のおかわりを淹れてくれるのは、昨日ヴィアイント公が私に紹介してくれた侍女長のフルールさんだ。
小さい頃から公爵家で働いている彼女はとても優秀で、いきなり現れた私に対し動揺することなく丁寧に接してくれた。
「そろそろ準備をしないと……」
「でも侍女長、用意してあるドレスはみーんな丈が短いかもですよ?」
「えっ?そうなの?」
「はい!奥様は背が高いので、ヒールを履いたら少し寸足らずになりそうです」
着替えを選び始めて1時間。
彼女たちの今さらすぎる報告にフルールさんは頭を抱えてしまった。
(何だかおてんば3姉妹と、お母さんに見えてきた)
「せっかく今朝は旦那様も朝食をご一緒できるというのに……どうしましょう」
「あ、あの」
おずおずと小さく手を上げる。
「普段私が着ているものがあるので、今日はそれでご勘弁頂くのはどうでしょう」
「奥様の私物、ですか」
「はい。突然の輿入れでしたので手持ちが少ないのですが、それなら文句も言われないかと」
(どうせ怒られるなら私だけの方が良いだろうし)
変に気を遣わせたくなくて提案すると、若い侍女たちはきゃー!っと嬉しそうに跳び跳ねた。
「ありがとうございます!リゼリア様っ!」
「お綺麗な上にこんなにお優しいなんて感激!」
「一生ついてゆきます奥様ぁぁっ!」
キラキラした目で見つめられて慌ててしまう。
感謝されるのは慣れてない私にとって、彼女たちの素直な言葉は嬉しいを通り越して若干恥ずかしかった。
持ってきたトランクからいそいそと服を取り出し、じゃん!と4人に披露する。
「「「「……………」」」」
「どうでしょうか……?」
これでもクローゼットにあった中で一番良いものを持ってきたつもりだ。
「あ、あの……奥様?」
「はい?」
「こちらをお召しになっていたんですか……?」
「はい!一張羅です」
「「「「……………」」」」
(あれ?何かみんな静かになっちゃった……?)
「……貴女たち、街いちばんの仕立て屋に連絡してすぐにここへ来るよう呼んでちょうだい。普段用のドレスはもちろんお茶会用もパーティー用も、靴もアクセサリーも全部まとめて用意するわよ」
「「「はい、侍女長」」」
急にキリッとした顔になった侍女たちは急いで部屋を出ていってしまう。
さっきまでのふわふわとした雰囲気が、まさかあんなに険しくなるなんて……
「あ、あの」
「とりあえず本日はそれで我慢いたします。が!今後はこちらが用意した服を着てくださいね?!」
「え……あ、はい」
(そ、そんなにおかしいかな……?)
持参した白いシャツと黒いスラックスを眺めぼんやり考える。
まさかそれを見て彼女たちが「従者の制服を着させられてきたのね……!」と、哀れんでいたなんて思いもしなかった。
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