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「それでは両者、中央へ!」

立会人となる騎士が号令かけ、私たちは再び向かい合う。
明るくなった場所で対峙する公爵は凛とした姿勢を崩さない。始まる前からそのオーラに気圧されてしまいそうだ。

「決闘公式ルールに乗っ取り、勝者は敗者に一つだけ望みを要求することが出来ます。金品、土地、人権も例外ではありません。双方、異論はありませんね?」
「あぁ」
「はい」

お決まりのルール説明にコクッと頷く。

「それでは、暫定王者リゼリア=コルトピア対挑戦者ルドルフ=ヴィアイント、決闘スタートっ!」

立会人の高らかな合図と共に、地面が割れんばかりの歓声が会場全体を一瞬で包み込む。
そのほとんどがヴィアイント公の勝利を願う声ばかりで、一丸となった彼らの空気に呑まれそうになる。

真っ直ぐに剣を構え、正面のヴィアイント公を見据える。

(……参ったな、勝てそうにないや)

彼の構えはとても自然体だった。
筋肉が硬直しているわけでも、緩んでいるわけでもない。隙があるように見えて入り込めそうな場所がない。

これが、ルドルフ=ヴィアイントか。

「どうした、迷わず来い」
「言われなくとも」

試合を長引かせるほど不利になる。
剣を構え直し、グッと踏み込み正面から懐に飛び込んでいった。
キン、という金属音がして初手の攻撃が真っ向から受け止められたことを知る。

「いいスピードだ」

受け止められるのは想定内。
そのまま剣を滑らせて首もとを狙う。攻撃を避けようとしたヴィアイント公の体が傾いた瞬間、みぞうちめがけて蹴りを入れる。

まともに入ったはずなのに、跳ね返されたのは私の方。
空中で体制を整えながらまた彼との距離を保つ。

「その素速さがいい。柔軟性もある。君が貴族令嬢でなければすぐに騎士団への入団書を書かせていた」

冷静に分析されて苦笑いする。

結構本気で攻撃したつもりだったが公爵にとってはただの試し打ちの範疇だったらしい。だからと言って特別悪い気はしなかった。

それから何度も何度も攻撃を繰り出しては受け止められる。その度に観客たちは沸き上がり、ついにはヴィアイント公爵のコールまで始まった。
少しずつ上がってきた息を何とか整えていると、ふといつもの観覧席に座るリアンナ姉さんと目が合った。

『何をしてるの?さっさと負けなさい』

とでも言うように、姉さんはいつもより鋭い目で私を見つめていた。

(確かにそろそろ頃合いか………でも、)

どうしてだろう、まだこの人と戦っていたい。

あんなに嫌だった戦いが、今、ようやく楽しいと思えた。
全力でぶつかってもそれを受け止めてくれるヴィアイント公の剣に心を揺さぶられる。

「そろそろ決着をつけよう、名残惜しいが」
「はい」

(公爵も……同じ気持ちだったのかな?)

剣を握り直し、もう一度正面から斬りかかる。
ヴィアイント公からしてみれば最初と同じ技、でもそうじゃない。受け止めようとした瞬間、彼の頭上を飛び越えるように高々とジャンプする。
狙うのは、がら空きになった彼の背面。

(もらった!)

迷いなく剣を振った時、こちらを向くはずのないあのアイスブルーの瞳がしっかりと私を捕らえた。


剣を握り直した後は重心がぶれるな、リゼリア」
「……え、?」


風の中、一瞬彼の笑った声が聞こえた気がした。
そしてすぐにバキンっと剣が折れ、飛び散る鉄屑の中私はどさっと地面に倒れ込んだ。

ヴィアイント公の一振は見事に駄剣を打ち砕き、その反動で私の体は簡単に吹っ飛ばされてしまった。


わぁぁぁあああ───!!!


耳鳴りがするほどの歓声を聞き自分の敗北を知る。

(……そっか、もう終わっちゃったのか)

最後の最後に力の差を見せつけられてしまった。あんなに見事な返しをされればもう悔いは残っていない。

「勝者、ルドルフ=ヴィアイントっ!」

立会人の声にまた一層会場が盛り上がる。

「立てるか、リゼリア嬢」

ふと顔を上げると剣をおさめたヴィアイント公がそっと手を差し出していた。
砂まみれの手を出して良いものかと悩んだがここで拒む方が不自然と思い、その大きな手をぎゅっと掴む。

「最後の一撃、素晴らしかった」
「そう言ってもらえて至極光栄です。完敗でした」

彼の手に掴まりながら立ち上がる。
砂を払おうと握った手を離そうとするが、未だに公爵は私の手を握ったままだった。

「?あの、ヴィアイント公。もう手を離しても……」
「おめでとうございますっ大公様っ!さぁさぁ!待ちに待ったフィナーレですっ!是非ともあちらに!」

立会人は興奮した様子で観客の方を指差す。
そこには美しい笑みを浮かべたリアンナ姉さんが立っている。
まるでかねてからの恋人を待ち続けていたかのように、涙ぐみながらもそっと手を差し出していた。

「ルドルフ様。この日をお待ちしておりました……どうぞ私を貴方様のモノにして下さい」

(役者ね、姉さんは……)

イーサンという存在が居たなんて微塵も感じられないくらい今のリアンナ姉さんは愛らしかった。

「きゃぁぁあ!素敵っ!お幸せに!」
「美男美女カップルの誕生よ!」
「おいっ!シャッターを逃すなよ?明日の一面は大公が指先にキスを落とした写真で飾るんだからな?!」

みんなが感動のフィナーレを待ち望んでいた。

厄介者はさっさと退散することにしよう。
闘技場から立ち去ろうとした時、くいっと腕を引かれ振り返る。

そこには未だに私の手を握り、尚且つ、砂のついた指先に口付けるヴィアイント公がいた。

「この日をどれだけ待ちわびたことか……。では約束通り、俺の元に来てもらおう。リゼリア嬢」
「………へ、?」

シンと静まり返る闘技場。
誰もが口をあんぐりと開け、あのリアンナ姉さんも、私自身もぽかんと間抜けな表情をさらす。


「「「「えぇえええぇぇぇえええぇえっっーーーーー?!?!」」」」
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