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しおりを挟む「リゼリア、今日の決闘は負けるんだ」
朝一番に呼び出された私は、この日数年振りに父上の優しい笑顔を拝むことになる。
「え……?」
「今までご苦労だった。だがもう勝たなくて良い、今日でお前の番犬としての役目は終わりだよ」
そんな馬鹿な。
この人は誰よりも私の勝ちにこだわっていた。というのも、裏家業として賭け決闘していたのは他でもない父上だ。もし私が負ければ賭け金を払うどころか、今後の稼ぎ口を失うことになる。
(金の亡者である父上がそんなこと言うなんて……)
「リアンナがようやく決心してくれたんだ。今日お前の相手をするヴィアイント公爵、彼の元に嫁ぎたいと言い出してな。決闘で稼げなくなるのは痛手だが、親心で願いを叶えてやることに決めた」
「?!今日の相手、ヴィアイント公爵だったんですか」
「なんだ知らされてなかったのか」
やれやれ、と呆れた態度を見せつける。
でも今の私にはそんなことどうでもいい。今日の相手の名を聞いた瞬間、サァッと血の気が引くのが分かった。
(ヴィアイント公爵って、あのルドルフ=ヴィアイント?)
だとしたら相当まずい。
剣を握る人間の中で、彼の評判を知らない者はいないほどその道では有名な方だ。
現国王陛下の甥にあたるヴィアイント公は、公爵という立場ながら自ら進んで戦場に赴き、しっかりと功績をおさめてくる騎士団の実力者。たしなみ程度のお貴族剣術とは違い、第一線を任せられてしまうほどの剣の腕を持っている。
そして何より、恵まれた体格と整った顔立ちのおかげで同年代の貴族の中で一番の人気を誇っていた。
顔良し家柄良し将来性もバツグン。
そんな完璧な彼の参戦に、きっと誰もが驚いているはず。何故ならば……
「ヴィアイント公は大の女嫌いという噂は嘘だったのでしょうか」
「さぁな。戦場の英雄もリアンナには陥落してしまったってところだろう」
年齢は確か姉さんの1つか2つ上だった気がする。
(そっか、なんか意外)
公爵が女性嫌いというのは有名な話だ。
社交場には一切顔を出さず、唯一参加するのは国王陛下生誕パーティーだけという徹底ぶり。
心配した陛下がとある国のご令嬢とお見合いをセッティングしたらしいけど、開幕5分でご令嬢を泣かせ国に追い返したという噂もある。
そんな人が、果たして外見で結婚を決めるだろうか……。
「しかしわざとらしい負け方は周りにバレる。今回は国王陛下も拝見なさると言うしな、あからさまに手を抜けばそれこそ今後の信用に繋がる」
「では、どうすれば」
「これを使いなさい」
「!……姉さん、それは」
振り返るとリアンナ姉さんが両手で剣を持って現れた。
パッと見た感じは装飾もちゃんとしてある新しい剣だが、よくよく見ると剣自体の色にばらつきがある。
「粗悪な銅を混ぜて作らせたの。剣が折れてしまえば試合は続行不可能、でしょ?」
「……本気なんですね」
「ふふっ」
(相変わらず、自分最優先な人だな……)
「私もそろそろいい年でしょ?公爵夫人くらいが落としどころかなぁと思って……まぁ相手は戦好きの変わり者だけど、私が泣いて頼めば今後危ない真似はしないだろうし。だからリゼリア、最後まで私の騎士としてしっかり仕事してね」
「………」
「それに、この試合が終われば貴女も準備をしないと。忙しくなるわよ」
「準備?」
何のと聞き返そうとした時、父上がハァと深いため息をつく。
「リアンナ、その話は決闘が終わってから……」
「あらごめんなさい。でも話は早い方がいいわ」
リアンナ姉さんはニコッと微笑み、正面から私にぎゅっと抱き付いた。
「リゼリア、結婚おめでとう」
「……は、?」
「かわいい妹と同じ時期に結婚が決まるなんて、姉さんすっごく嬉しい!」
結婚。
何の前触れなく告げられた報告に目をカッと見開く。
(聞いてない……何も、どういうこと?)
父上をチラリと見れば、観念したのか一枚の紙切れを渡してくる。そこには遠目でもくっきり分かる字で『結婚誓約書』と書かれていた。
「決闘の前に気を散らせたくなかったんだが……リアンナの言うことにも一理ある。リゼリア、騎士ごっこは今日限りだ、試合が終わり次第すぐに本題に移ってもらう」
「本題……?」
「後継者教育だよ」
しれっとした態度にじわじわと脂汗が吹き出る。
「この男と結婚してコルトピア家の歴史を後継者として守っていってもらう。領地運営はもちろん、これから新たに参入する事業関連も全てだ」
「え……あの、いや」
「そして女としての役目も果たせ。子を出来るだけ沢山生み、全員を王家に繋がるよう教育しろ。私が隠居した後もこの地位を揺るがすな」
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それは、リアンナ姉さんの恋人の名前だった。
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