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「勝者、リゼリア=コルトピアっ!」

砂ぼこり舞う闘技場のど真ん中。
審判員である男が私の名を叫んだあと、すぐに地鳴りのようなブーイングが浴びせられた。

「ふざけんなァ!お前の負けにいくら賭けたと思ってんだ!」
「私怖いわぁ……あんな人が貴族令嬢だなんて」
「ああいう気の強い女、一度は組み敷きたいねぇ」
「なんて野蛮で醜いのかしら、近付きたくないですわ」

負けが込んで暴れるギャンブル狂、青ざめた顔で怯える令嬢、にやにやと下品な妄想を広げる初老紳士にあからさまに嫌悪を示す貴婦人たち……彼らの視線は、他の誰でもない私に向けられていた。

とはいえこんな状態が5年前から続いているせいで、今ではどんな野次を受けても何とも思わない。

自前の剣を鞘に収め、その場を後にする。
向かった先にいるのは輝かしい金髪を風になびかせ、ふわりと優しく微笑む女性が一人。彼女はためらうことなくスッと手を差し出し、こちらも手の甲に軽く口付ける。

まるで『騎士』が『姫』に忠誠を誓うように──。
その時ばかりは会場中がシンと静まった。

「リゼリア、おめでとう」
「……ありがとう、姉さん」

わぁぁああ!と歓声が沸く。
その全ては姉──リアンナ=コルトピアのもの。
皆に愛される美しい姉と、皆に嫌われる番犬の私。

これは歪んだ姉妹私たちが織り成す、最高の茶番劇だ。





ことの発端は8年前。
当時11才だったリアンナ姉さんの元に、資産家であるピオット侯爵家からの婚約話が来たことから始まった。
ピオット家には年が近い一人息子がいて、彼を溺愛する侯爵夫妻は何としても姉さんを嫁にと欲しがった。
その頃から天使のように愛らしい姉さんは人気者で、毎月のように縁談が来ては条件に満たないという理由で父上に追い返されていた。しかし今度の相手は格上の侯爵家、しかもこちらの条件は全て飲むという好条件付き。
父上と母上はピオット家との婚約に乗り気だったが、リアンナ姉さんは違った。
男の人にちやほやされることが当たり前の姉さんにとって、ピオット侯爵令息でするのはプライドが許さなかったらしい。半ば強引に進んでいた婚約話がいよいよまとまりそうな頃、あるパーティーに参加したリアンナ姉さんは大勢の前でこう宣言した。

『軟弱な男性は興味ありません。だから私の妹リゼリアと決闘して勝てた殿方の元に嫁ぎますわ』

全てが寝耳に水だった。

私が騎士を目指す?で、姉さんの婚約相手と勝負?
これまで蚊帳の外にいたはずなのに。

そして不運なことに、このロスターダム王国には決闘デュエルと呼ばれる国営競技がある。王家立ち会いのもとで行われる1対1での真剣勝負、勝者は望むものを手にすることができ敗者はそれを差し出す。本来は騎士たちの腕試しとして流行った遊戯だが、晩年その文化も廃れつつあった。
が、リアンナ姉さんの一言で息を吹き返してしまった。
国王が王家の力を誇示するためにあっさりと姉さんの提案を呑んだことで、周りの貴族たちの目の色が変わる。

純粋に姉さんを手に入れたい者たちに加え、決闘で名を馳せようとする野心家たちまで集まってしまった。

王家の計らいにより、決闘が認められるのは11才になるまで。それまでは3年間の猶予があった。でも……

『早くリゼリア=コルトピアと勝負させろ!』
『ぶっ飛ばしてやる!小娘がっ!』

その3年間は地獄だった。
毎日のように家の前で叫ぶ男たち、血のにじむような特訓。

すぐに姉さんに全て嘘だったと訂正してほしいとお願いした。
でも……姉さんは何も言わず、ただ微笑んでいるだけ。

助けを求めた父上と母上も最初こそ大反対していたけど、参加者から大金を握らされればあっさりと試合を受け付けるようになってしまった。

そして、全てを悟る。
私の意思なんて関係ない。姉は都合の良い番犬として、両親は金づるとして、国は自分たちの保身のため私を利用することを決めたのだ。

今思えば、さっさと負けていれば良かったのかも知れない。そうすれば少なくとも自由は手に入れられた。
致命傷を受け動けない体になったとしても、心までは縛り付けられなかっただろう。なのに……





(何だかんだ、今日までしぶとく生きてるなぁ)

闘技場から戻った後、昔を思い出しながら全身鏡に映った自分を見つめ直す。

女性にしては高い身長と、戦うために短く切られた髪。
剣を握り続けた手のひらにはタコが出来ていて、とてもじゃないがダンスホールまでエスコートしてもらえるような手じゃない。

(こんなんじゃお嫁に行けない、よね……)

幼い頃からの夢、それは『愛されるお嫁さんになること』
今でも誰かが助けに来てくれるんじゃないかと夢見ていた……まぁほぼ諦めているけど。

それでも、いつか自由を手に入れたときには……


「誰かの一番に、なれならいいな」
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