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キュレッド家との話し合いはそれから1週間後にロットバレン家で行われる事となった。

そして前日である今日、私は中庭でぼんやりと空を見上げていた。

(不思議と穏やかな気持ちなのよね……)

生温かい風が吹く中かれこれ1時間ほど座っているとその陽気で若干眠くなってきた。


今思えばアルバートとの出会いは突然だった。
私はお祖母様に連れられて応接室に行くと、そこにはキュレッド夫妻とそのお祖母様、アルバートが既に集まっていた。
子供ながらに父と母がいないこの状況がおかしいとは気付いていたが、お祖母様がニコニコしているから何とも思わなかったんだけど……

(結局、お父様に内緒で婚約しちゃったのよね)

今でも思い出す。
その時のアルバートの顔はあからさまに嫌悪した表情。そしてまだ子供だった彼は開口一番、私を見てこう言った。

『この女と結婚するんですか』

子供ながらに疑問を含んだ言葉。
もちろんすぐさま隣にいたキュレッド夫妻に口を押さえられたが、それが彼の純粋な本音だった。

きっとこの頃から心にはラングレー嬢がいたんだろう。
彼の気持ちになってみれば、好きな人と結婚できないのは心苦しいに違いない。

(私がアルバートを苦しめていたのかな)


「ここに居たのか、シャロン」


サァっと風の音と共に聞こえた声。
視線を向けると、乱れた髪を軽く抑えながらこちらに歩み寄る姿。

「ヴィンセント」
「探したよ」

ベンチに座る私の隣に彼も座る。
いつもと違う様子に気付いたのか、少し不思議そうな顔で私を見る。

「……どうしたんだ」
「ちょっと考え事をしてたの」

ふふっと笑いかける。

「結局、私は沢山の人に迷惑をかけてしまっただけだったみたい」
「シャロン……」
「お父様にもお母様にも、もちろん貴方にも。何だかこんな事で騒ぐ自分が恥ずかしいわ」

公爵令嬢とは名ばかりで、結局最後は沢山の人の力を借りて解決しようとしている。そんな未熟な自分が情けなく思えた。

「シャロン、前から言ってるけど君のせいじゃない。君は巻き込まれただけだ」
「それでも次期公爵となるなら自分で解決すべきよ。結局私は誰かを頼らないとダメなの」

ヴィンセントは優しい。
きっと今だって私を傷つけないように言葉を選んで話してくれている。でも、その優しさが返って辛かった。

スッと立ち上がり背を向ける。

「アルバートだって、私と婚約しなければきっとラングレー嬢と幸せになれたのかも知れない。私がいなければ……」
「シャロン」

グッと腕を後ろに引かれ背中に温かい感触が伝わる。

包み込まれるように、私は後ろにいたヴィンセントの腕の中に抱き締められていた。
あまりの出来事に上手く頭が回らない。

「っ!ヴィンセント、あの」
「それ以上、そんな言葉は聞きたくないな」

ぎゅっと腕に力が入りより密着する。

「ねぇシャロン、俺と初めて会った時を覚えてる?」
「え、ええ……確か」

そこまで話して思い出す。

(そうだ……だ)

ヴィンセントとの初めての出会い。
それはここ、中庭だ。

(確か調印式が終わった後、お祖母様の目を盗んで中庭に逃げて来たんだ。あの日は凄く天気が良くて、それで)

『初めまして、お嬢さん』

今日みたいに風に靡いた髪を抑えながら、まだ少年だったヴィンセントは私に笑いかけた。
彼の笑顔を見た瞬間、心臓がドクンと大きく脈打ったのを今でも覚えている。

「そうだよ、君とはここで初めて出会った」
「っ……あの時のヴィンセントは凄く可愛かった」
「ハハッ、シャロンもね」

恥ずかしすぎて思わず俯く。

「あの瞬間、息を切らしながらここにやって来た君を見て一目惚れした。後に君がアルバートの婚約者になったと聞いた時は本当に落ち込んだよ」
「ヴィンセント……」
「君を好きになったのは、俺の方が先なのに」

そっと腕を解かれ体の向きを変えられる。
改めて真正面に立つヴィンセントは微笑みながら真っ直ぐ見つめてきた。

「君は何も悪くないよ」

その言葉に、気付けばぽろりと涙が溢れる。
それまで張っていた緊張の糸がぷつんと切れた。

「っ……ごめんなさい、何で私っ」
「大丈夫」

ポンポンと頭を撫でられれば、その優しさにまた涙が溢れそうになった。

「明日、我慢しないで思った事を全部ぶち撒ければ良い。アルバートにも、エマにも、うちの親にも」
「ヴィンセント……」
「今までいっぱい頑張っていたのは知ってる。それくらいしたってバチは当たらないと思うよ」

意地悪そうに笑うヴィンセントに釣られてしまう。

「……ふふっそうね」
「むしろ俺はビンタの一つでもやってやらなきゃ気が済まないけど」
「それは流石にダメよ。でも……そうね、何だかスッキリしたかも」

クスクスと笑えば心がだんだん軽くなる。
やっぱりヴィンセントは凄い。
私は涙を軽く指で拭い視線を合わせた。

「ヴィンセント、ありがとう。貴方がいなきゃ私何も出来なかったと思う。全部が終わったら」
「終わったら?」
「……もう一度ここに来て」

ギュッと自分の拳を握る。

「貴方にちゃんと話したい事があるの」

全部終わったらちゃんと伝えよう。
それが今出来る精一杯の気持ちの表れだった。

「……うん、待ってるよ」
「ありがとう」

ヴィンセントは深く追及せず笑いかけてくれる。


決戦は明日。
私はもう一度空を見上げて深く深呼吸した。

「……うん、もう大丈夫」
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