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彼の登場で会場の空気は一気に変わる。
特に令嬢たちはひさしぶりに社交場に現れたヴィンセントに悲鳴にも似た歓声をあげた。

(『みんなの王子様ポジション』は健在ね)

「遅れてしまって申し訳ない」

ふぅと息をついた後、ヴィンセントはわざとらしく謝罪の言葉を口にする。芝居がかった彼にも合わせるよう私も苦笑した。

「大丈夫、来てくれてありがとう」
「こちらこそ招待してくれてありがとう」

私の手を取り指先へ軽いキスを落とす。

「先程ロットバレン公と公爵夫人にご挨拶してきたところだ」
「そう、お父様とお母様は喜んでくれたでしょうね」
「ああ。なんせあれでは……ね?」

チラッと視線を移す。
そこには優雅な音に合わせ楽しそうに踊るアルバートとラングレー嬢の姿が。あからさまにヴィンセントの表情が険しくなっていく。

「本当に……虫唾が走る」
「ま、まぁまぁ。それよりも準備は大丈夫そう?」

彼の耳元に顔を近づけこそっと囁く。

(元々はキュレッド夫妻とアルバートを屋敷にいない状況を作るための夜会だもの。何の準備かはまだ教えてもらってないけど……)

「大丈夫、あとは仕上げだけだ」
「仕上げ?」
「うん。それにしても、まさかあの馬鹿に君と踊る機会を奪われてしまうなんてね」

ハァと深いため息をつく。

(ここでヴィンセントと踊ってしまえば、彼にとってのファーストダンスの相手は私……婚約者であるアルバートと踊ってないのにそれはまずい)

今度は私とヴィンセントの噂が広がってしまう。

「まぁ俺も君以外とは踊る気ないからバルコニーで涼もうか。ダンスは今後の楽しみに取っておくよ」
「ふふっ、そうね」

ドリンクを手に移動しようとした時だった。

「ヴィジー!」

遠くの方で大きな声が聞こえた。
周りにいたゲストたちも何事かと会話を止める。
振り返ればこちらに向かって大きく手を振るラングレー嬢がいた。

(嫌な予感しかしない……)

案の定彼女はアルバートをその場に置いて駆け寄ってきた。

「ヴィンセント様をあんな親しげに……」
「またあの人ね、どういうつもりなのよ」
「何だあの派手な女は……」
「美人だがあんな大声をだして、礼儀もないのか」

さっきまで令嬢たちだけだった批判、今度はその場にいる侯爵な他国の要人たちからも聞こえる。

(関わりたくないってのが本音なのよね……)

「ヴィジー、お仕事お疲れ様。あのね、今アルと」
「……話しかけるな、俺まで馬鹿になるだろ」
「もお、意地悪しないでよ」

ヴィンセントの冷たい言葉にも彼女は動じず、むしろ冗談だと思っているのかニコニコと笑っていた。
しばらくして私たちの前にアルバートが現れる。

「アルバート」
「っ……はい、」
「俺が何を言いたいか、分かるな?」
「……はい、ですが」
「言い訳は聞きたくない、そこにいる馬鹿女を連れてさっさと出て行け」

ヴィンセントはアルバートを見もせずそう言い放つ。彼もまた怯えているのかヴィンセントを見ようともしない。

「まぁシャロン様、先程は気付きませんでしたがとっても素晴らしいネックレスですわね!」

急に名前を呼ばれビクッと肩が跳ねる。

(この空気の中、よくそんな事言えるわね)

空気を読まない彼女にむしろ尊敬すらしてしまう。
ラングレー嬢は目をキラキラとさせながら私の胸元に輝くブルーダイヤモンドを見つめてきた。

「可愛いデザイン、私も好きですこういうの」
「……そう、ありがとう」
「きっと私みたいな男爵家の人間には一生身につけられない代物なんでしょうね」

次第に遠巻きに様子を伺っていた周りがコソコソとし出す。そしてブルーダイヤモンドに気付いた貴族たちは目を丸くし、令嬢たちは羨ましげに私を見た。
この場にいる全員の注目が私に集まった状況が楽しくないのか、一瞬ラングレー嬢の顔が強張ったのに気付く。

「……私、生まれつき体が弱くて両親からこういう華やかな場所に連れてって貰えなかったんです。だからキラキラした宝石が大好きで、いつも元気をもらってるんです」

チラッと私の顔を見る。

(あからさまに物欲しそうにしちゃって……私があげる、とでも言うと思ってるのかしら)

「これは頂き物なの。流石に譲れないわ」
「……そうですか」

しゅんとした彼女。
だがすぐにアルバートに縋りついた。

「ねぇアル、私も欲しいわ」
「ぇっ……?」
「青いダイヤモンドなんて珍しいじゃない」

ねぇお願い?
甘えるように言う彼女を見て吐き気がする。
きっと彼女は今までもこの手口でアルバートを呼び出していた。私の存在があるのを知ってて……。

「エマ、ごめん……ブルーダイヤモンドは手に入らないよ。凄く希少なものだし、見つけたとしても買える訳ないよ」
「……アルは私のこと、きらいなの?」
「そんな訳ないっ!エマは僕の全てだ、最高の幼馴染だよ!」
「なら……お願い、聞いて欲しいの」
「い、いや……」
「アルバート……こんなこと貴方にしか頼めないわ。ね?もうわがまま言わないからっ」

沢山の人の前で二人だけの空間に酔いしれるアルバートとラングレー嬢。私だけではなく他の人たちも呆れすぎてうっすら嘲笑っていた。

そんな空気を一変させる。


「お前ら、馬鹿なのか」


ヴィンセントの声に二人もピタッと止まる。

「……またそんな事を。ヴィジーだって思うでしょう?あのダイヤ、私に似合うと思わ……」
「思わねぇよ」

荒くなる口調に驚く。
完全に怒りが頂点に達しているのか、ヴィンセントは満面の笑顔をラングレー嬢に近づける。

「お前みたいに常識もない見た目だけの女、どんなに着飾ろうが美しくなる事はない」
「そんな……ひどい、っ!」
「お前らがシャロンにした事の方が酷いだろ」
「兄さん……っ、」
「喋るなアルバート。お前が今、エマを庇えば俺は一生お前を許さない」

言葉と目だけでアルバートを制す。

「ヴィジー、私のこと嫌いなの……?」

ぽろりと大きな目から涙が溢れる。
そしてアルバートに縋っていた体を今度はヴィンセントにくっつけた。

(やめて……ヴィンセントには、やめてよ)

密着する彼女に怒りが込み上げてくる。
アルバートの時には感じたことのない気持ちがどんどんと溢れてくる。でもここで二人を引き離せば誰かが私たちの仲を疑う。

「ふふっ、ヤキモチ妬かないでヴィジー」

カァっと赤くなる顔。もうこれ以上は見ていられない。間に入ろうとした瞬間、一瞬だけヴィンセントと目が合った。

「っ、ヴィ……」
「エマ」
「なぁに?」

「嫌いだよ、お前なんか」

冷たい目が真っ直ぐラングレー嬢を捕らえる。

「さっさと離れろ、不愉快だ」
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