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「ご機嫌よう、ヴィンセント」

彼がやって来たのはそれから30分後。
急いで身支度を整えから向かうと、ヴィンセントは私を見るなり小さく微笑む。

「急に来てしまってすまないね、シャロン」
「いいえ、ちょうど私も休憩しようと思ってたの」

冷静を装いながら彼の向かい側に座る。

「あれ、お父様たちは……」
「ああ。ロットバレン公は急に王宮から呼び出しがあってね、公爵夫人も同行すると言ってもう出ていかれたよ」
「そう、なの……」

急な呼び出しはよくあることだ。納得しながらティーカップに口をつける。

(つまり……二人っきり?)

急に心臓がドキドキとうるさい。
ヴィンセントは気にした素振りもせず同じくお茶を飲んでいた。過剰に意識しているのは私だけのようだ。

「シャロン」
「はっはい!」
「いや……急に準備を押しつけてしまったから疲れてるだろ?」

心配そうに私の顔を覗き込んだヴィンセントの顔に息を飲む。赤くなりそうな顔を隠すようにニコッと笑いかけた。

「大丈夫よ、このくらい何ともないわ」
「流石だね」
「それよりも今日はどうしたの?お父様とお話があったみたいだけど……」
「ああ。この間話した慈善事業のことで進展があったからその報告に来たのと」

君に会いに来た。
真っ直ぐ私を見つめながらヴィンセントは言う。

「えっ……と」
「ははっ、顔真っ赤」
「なっ!」

(からかわれた!)

恥ずかしすぎて頬を手で押さえる。

「意地悪しないで、もぉ」
「意地悪じゃないんだけどね。でもシャロンに会いに来たのは本当だよ」

そう言ってヴィンセントは自分の胸ポケットをごそごそと漁る。不思議そうに眺めていれば小さな箱が取り出され、そして私の前にコトッと置かれた。

「何?」
「開けてごらん」

手のひらサイズのそれを手に取り開けてみる。
中には小ぶりなダイヤモンドのネックレスが入っていた。シンプルで私好みのデザイン。

(可愛い、でもこの色……)

「少し青みがかってるかしら」
「ご名答。これはブルーダイヤモンドと言って、レビルナの鉱山で見つかった新しい鉱石だよ」
「っ!それって凄く貴重なものじゃない!」

ブルーダイヤモンド。
その名前だけは聞いた事がある。最近誰も立ち入る事がなかったレビルナ国の鉱山で発見されたダイヤモンド。普通のダイヤモンドの約10倍の価値があるとされたその宝石は令嬢たちの間でも持ちきりの話題だ。

箱から取り出しじっくりとダイヤを見ればキラキラと光が反射している。

(すごく綺麗……色も光で青になったり透明になったり、なんだか不思議なダイヤだわ)

「今度の夜会で身に付けてくれる?」
「えっ!こんな高価なもの、簡単には貰えないわ!」
「ただのお礼だよ」

まだ流通していないダイヤモンド。
お礼にしては充分すぎる。

「ありがとう、すっごく嬉しいけど……これどうしたの?しかもしっかり加工もされてるし……市場に流通するには当分時間がかかるという噂だけど」

美しくカットされたそれを見る。
シルバーのチェーンにもところどころブルーダイヤモンドがあしらわれているし、ここまで素晴らしく仕上げられたネックレスを手に取ったのは生まれて初めてだった。

ヴィンセントは呆然とする私の手からネックレスを取り、座る私の後ろに周り優しい手つきでネックレスを付けてくれた。

「実はね、このダイヤモンドを見つけたのは他でもない俺なんだ」
「……ぇえっ?!」
「レビルナに行った時に手付かずの鉱山があってね、試しに買い取って掘ってみたら大当たりしたんだ」

ネックレスがつけ終わったと同時に後ろにいる彼へ顔を向けた。

「やっぱりよく似合ってるよ」
「そんな凄いこと、何でさらっと言うのよ?!」
「え?」

きょとんとするヴィンセント。

(分からない……私、彼が分からないわ!)

きっとその鉱山にはこれから世界経済を揺るがすほどの財が出てくるだろう。彼の名前は間違いなく世界中に知れ渡る。
それを何とも思わない姿勢と態度に私の方がびっくりしてしまった。

「ヴィンセント、貴方って本当に凄い人ね」
「だから本当にたまたまなんだ。それに、もうすぐその所有権を譲渡しようと思ってる」
「譲渡?」
「うん。シャロン、君によ」
「……へ?」

ニコニコと笑う彼と、ぽかんと口を開ける私。

「このまま俺が持っていれば間違いなくキュレッド家の人間が黙ってる訳ない。だったらロットバレン家に……シャロンにあげる」
「ちょっと待って!状況が把握出来てないわ!」

頭をフル回転させる。
彼の言っている事は正しい。もしこの事がバレればキュレッド夫妻やアルバートは全力でヴィンセントに縋るだろう。

(それもそうよね、だって一生遊んで暮らせるくらいのお金が手に入るようなものだし)

そしてラングレー嬢だって今よりも我儘に拍車がかかるだろう。どう考えても悪い方向にしか進まない。

「その代わりって訳じゃないけど」
「な、何?」
「シャロンを俺にちょうだい?」

凛とした低い声にまた心臓がどくんと鳴る。
あの日の夜と同じ、真っ直ぐに伝えられた愛の言葉に何と返せばいいか分からずにいた。

「……私なんかじゃ見合わないわよ」
「俺にとってはどんな物よりも価値があるんだ」

ヴィンセントはずるい。
こんな口説き文句を言われたら誰だって彼を好きになるしかないわ。

「君が手に入るなら何でもあげる。何だってするよ」
「……ヴィンセント」
「何?」
「もう……それ以上は言わないで」

耐えきれずに顔を両手で隠す。
聞いているこっちの方が恥ずかしい。

「ははっ!照れてる君も可愛い」
「だめだってば、ホントに」

これでもし結婚したら……

(毎日心臓が持たない!)

「夜会の日、準備が終わったら俺も遅れて参加するよ。そしたら」

俺と一曲踊ってね。
ヴィンセントは耳にかかる髪をいていつもの甘い声で囁く。

「……ホント、貴方って人は」
「楽しみだなー」
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