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それからしばらく経って、それぞれの状況は大きく一変した。

私はあのプロポーズの後からスプラウト家の屋敷に頻繁に出入りする事になった。アシュレイ様の卒業まで残り一ヶ月、すぐにでも新生活を迎えたいという彼の願いを叶えるべく今のうちから花嫁修行に取り掛かっている。それまでギクシャクしていた義両親となる侯爵夫妻とも何度か食事をし、今では本当の娘のように可愛がってもらえる関係になれた。
そして今日もお義母様に社交界のマナーを教わった後、中庭でお茶を頂いているところだ。



「バレイン家が爵位を返上するそうよ」

お義母様は唐突に私にそう言った。

「えっ……と、やっぱりあの一件のせいで?」

遠慮がちに尋ねればお義母様は苦笑する。

エマーソン家のパーティー以来、バレイン家の評判は急激に下がっていった。元々娘のシルビア嬢の人気が凄かっただけで家自体の力は大したことなく、その人気が落ちぶれた今、あの一家に救いの手を差し伸べる者は誰もいなくなった。

「私たちもね、男爵夫妻から何度かお金を無心されたことがあるの。どうやら生活が厳しくて色んなところからお金を借りていたみたい」
「そうなんですか……」
「夫妻は娘のシルビアさんに借金のことは黙っていたらしいの。不自由な思いはさせたくないって。でもそれに気付かなかった彼女はどんどん洋服を買ったり散財して……どこか良いところに嫁ぐまでは頑張ろうって必死で育てたらしいけど……」

お義母様は呆れたようにそう言った。

(親の心子知らずとはこのことね)

きっとバレイン男爵夫妻はシルビア嬢に縁談を迫っていたに違いない。それでも彼女は親の気持ちや家のことなんか無視し自分の思うがままに生きていた、その結果がこれなのだろう。

「それに彼女のファンだった令嬢たちもいくらお咎めはなかったにせよ、社交界じゃ見向きもされないみたい。今は手当たり次第に婿探しをしているそうよ」
「そうですか……」
「グラシャちゃんが示談にしたとはいえ、彼女たちからすればいい薬になったでしょうね」

そう言ってお義母様はお茶を飲んだ。

なるべくことを荒立てたくはなかったけど、あれだけ騒ぎを起こせば仕方がない。

「まぁうちには関係ないわね!もうこーんなに可愛い娘がいるんですもの。結婚式が楽しみね!グラシャちゃんのために、最高級のウェディングドレスを仕立てるわ!」

そう言ってお義母様はきゃっきゃとはしゃぐ。

(あ、アシュレイ様は多分お義父様似ね……)

最近はお義母様の無邪気な性格に慣れてきた。
アシュレイ様と同じ雰囲気を想像していたから最初はびっくりしたけど、今ではそんなところも可愛らしいと思えるようになったわ。

「でもまさかアッシュがあんな人前で堂々とプロポーズするなんて、私もびっくりしちゃった」
「お、お義母様……」

そう。あの日、パーティー会場にはお義父様もお義母様も参加していた。そしてあの日以来、こうしてお義母様はあのプロポーズのことを嬉しそうに語る。

(正直ものすごく恥ずかしい……!)

「ほらあの子、父親似でしょう?ぶっきらぼうと言うか無愛想というか……だから婚約者であるグラシャちやんにちゃんと優しく出来てるのか不安だったのよ」
「そんな……とても良くして頂いてますわ」
「なら良いのよ!」

そう、あの日からアシュレイ様はこれまで以上に私に甘い。というか元々そういう性格だったのか、気付けば用事がある日以外はいつも一緒にいるようになった。

「あ、そうそうグラシャちゃん」
「はい?」
「私、孫は二人欲しいから宜しくね!」

ガチャンっ!

(あ、危ない……ついティーカップを落としそうになったわ)

突然の報告に急いでカップをテーブルに置く。

「お、お義母様ったら……ははは」
「あら?何か変なこと言ったかしら」
「はは、ははは………」

明確な返事もせずに愛想笑いを続ける。

実を言うと私たちの仲はそういった意味では進展していない。以前より公の場で腕を組むことはあっても二人きりになると何故かよそよそしくなってしまっていた。

(ま、まだ私たちは学生な訳だし!そんなに急いでどうこうしなくても……)

そう心の中で自分に言い聞かせてはいるものの、両想いになった今では多少なりとも触れたいという気持ちはある。抱き締めてもらったのもキスをしたのもあれ以来全くない。

(私からお願いするのは……はしたない、かしら)

淑女たるもの、男性からの誘いをじっと待つくらいの強かさがなければ。そう思いながら手くらい握って良いものかと思ってしまう。

「……よしっ!」
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