32 / 34
32 ファリス視点
しおりを挟む「あぁああ……ぅっ、あぁ……」
低く不気味な唸り声がその棺から聞こえてくる。
魔力を吸い取り続けるその棺は、中からも外からも開かない術がかけられていた。
「お師匠さまぁ!おばあちゃん、あと10分くらいで回収に来るそうですぅ」
「了解」
「わぁ!いい感じにうなされてますねぇ!」
ランドールはコンコンと棺を叩きながら笑う。
マリアンが入ったこの棺はシャンディラ最深部の監獄に収容される。光、音、臭いを全てシャットアウトさせた大罪人専用の収容所は、皮肉にも彼女がまだシャンディラの研究者だった時に設立されたものだった。
彼女はその身が朽ち果てるまで、あの狭い棺の中で悪夢を見続けるのだろう。ゆっくりと、時間をかけて───
「せっかくだし何か腕とか落としときますぅ?腐食して処分も早まるし、恨みも晴らせて一石二鳥!」
「やめとけ。少なくともあと10年は苦しんでてもらわなきゃならないんだから」
息の根を止めることなんかいつだって出来る。でもそれじゃクロエやサラが味わった地獄には到底及ばない。この年齢になってよ魅了魔法を構築できた女だ、中途半端な外傷など屁でもないだろう。
つまり弱点であるロッティという少女の記憶、それをいかに上手く扱うかがポイントだった。
『きっとマリアンって人にとって、ロッティとの記憶はキラキラ光る宝石なんですよぉ。もう手に入らないからこそ大切に大切に宝石箱の中にしまってある。でもそれがある日突然、ただの汚い石だと気付いたら……どんな反応するんでしょうねぇ?』
ランドールの不気味な笑いに恐ろしさを感じながら名案だと思った自分もいた。
ロッティに関する記憶を消すのではなく、上書きする。
偽りの情報が何度も何度も流されていく内に本当のロッティを失うだろう。そして全てを捨てて守りたかった彼女がいずれゴミのように思えてしまう。
それこそが俺たちが与えられる最大の罰だ。
■□■□■□■□■□
「そんなことよりお師匠さまぁ。そろそろ僕にも“シャンディラ”の名を与えて下さいよぉ」
マリアンを収容した後、久しぶりの陽の光を浴びながらランドールは言う。
「まだそんな事言ってたのか。……お前には無理」
「えぇーー!何でですかぁ?」
「何でって……“ブルーディア”って立派な名前があるだろう」
ため息混じりに伝えると、ランドールはいつも通りへらへら笑ってみせる。
ランドールは正真正銘アーサー=ブルーディアとクロエ=ブルーディアの間に生まれた子供だ。当時まだ5才の俺に、身籠ったクロエは産まれてくる子供だけを安全に保護して欲しいと訴えた。
生まれてくる子に罪はない、こんな悲しい復讐にあの子を関わらせたくないと……。だが、
(まさかこんな最前線に関わらせたと知れたら、きっとぶん殴られるだろうな)
「でも正直興味ないんですよねぇ。今さらお前は王子ですよって言われても……親の敵を取れたってだけで充分ですし!」
「……魔術師のお前が帰ってやれば国の安全はより強固になるだろ。どうせしばらく魔術師が常駐しなきゃないんだ、俺が推薦状を出してやる」
ランドールを産んでからクロエは一度もシャンディラを訪れていない。我が子を見て決心が鈍るのを恐れたのだろう……完璧主義というか、生きづらい性格だ相変わらず。
「んーでもぉ!それなら尚更お師匠さまが行かなきゃ」
「俺?」
「待たせてるんでしょ?」
誰を、とは聞かなくても分かる。
「……知ってたのか」
「バレバレですよぉ~。いつも切なそうな顔で見つめてるじゃないですか、それ」
そう言ってランドールは指差す。それは右手薬指にはめられたシルバーリングだった。
「転移魔法が切れてる指輪を大切にしちゃって……向こうに素敵な人、残してきたんですよねぇ」
「……いや、俺はもう」
「待ってると思いますよぉ、きっと同じ顔してぇ」
うふふふっと楽しそうに笑うランドールは、そのまま俺を置いて先に行ってしまった。
(待っていて、くれてるだろうか)
情けなくも初めて出会ったあのベンチにメモを置いてきた。もちろんそれをサラが見つける確証なんてどこにもない。だからある種の賭けでもあった。
きっと婚約破棄になっても相手に困らないはずだ。
誰よりも美しく気高いサラならば、よりいい男が集まってくる。
苦しい思いをしてきた彼女を、きっと幸せに………
「………ダメだ」
他の男と仲睦まじいサラを想像しただけで怒りをコントロール出来そうにない。そのくらい俺は彼女に惚れていた。
(サラは……覚えているだろうか)
一緒にフルーツを食べようという下心丸出しの約束を。
もしまだ覚えてくれているなら、その時は……
89
お気に入りに追加
4,029
あなたにおすすめの小説
平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?
和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」
腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。
マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。
婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。
もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」
隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。
「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」
三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。
ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。
妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。
本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。
随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。
拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。
木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。
ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。
不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。
ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。
伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。
偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。
そんな彼女の元に、実家から申し出があった。
事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。
しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。
アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。
※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)
【完結】愛してなどおりませんが
仲村 嘉高
恋愛
生まれた瞬間から、王妃になる事が決まっていたアメリア。
物心がついた頃には、王妃になる為の教育が始まった。
父親も母親も娘ではなく、王妃になる者として接してくる。
実兄だけは妹として可愛がってくれたが、それも皆に隠れてコッソリとだった。
そんなある日、両親が事故で亡くなった同い年の従妹ミアが引き取られた。
「可愛い娘が欲しかったの」
父親も母親も、従妹をただただ可愛いがった。
婚約者である王太子も、婚約者のアメリアよりミアとの時間を持ち始め……?
※HOT最高3位!ありがとうございます!
※『廃嫡王子』と設定が似てますが、別のお話です
※またやっちまった、断罪別ルート。(17話から)
どうしても決められなかった!!
結果は同じです。
(他サイトで公開していたものを、こちらでも公開しました)
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる