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31 マリアン視点
しおりを挟む目を開くと、そこは私の大切な大温室の中だった。
私は拘束具もされずにベンチに腰かけている。いつも通りの感覚に、数分前までの記憶が全て夢だったんじゃないかと思ってしまうほどだ。
(さてさて、これは何の術かしらねぇ)
足元に咲いている花をブチッとちぎり鼻の近くまで持ってくると、花に触れている感触も匂いも感じ取れた。催眠系の術にしては精巧で完成度が高い、並みの魔術師であれば現実と夢の判別が出来ずに精神を壊すことになりそうだわ。
でも残念、幻覚だと分かってしまえばそう簡単に惑わされることもない。あんな若造2人が必死になったって私には敵わないんだから、先手を打つのも………
『あっ!!ここにいらっしゃったんですね!』
聞き覚えのある高い声に、ピタッと足が止まった。
振り返った先には忘れもしない輝く金髪、透き通るような碧眼を持った少女。
「ロッティっ!!!」
死んだはずのあの子が、私に向かって手を振っていた。
……ダメよ乱されちゃ。これは夢、あの憎たらしい小僧たちがかけた魔術。
でも、会えないと思っていたあの子が昔と同じように笑っている。頭の中の私が警告を出しているにも関わらず体が勝手に動き出した。
「ロッ」
『もう!探しましたよクロエ様っ!!』
ロッティを抱き締めようとすると、見事に私の体をすり抜け走っていく。
(……そうよ、夢なんだからそうなるわ)
ロッティはもういない、私の記憶の中で生き続けているのだから。今さらこんな馬鹿みたいな術に惑わされちゃダメよ!
名残惜しいけど深く関わるのは危険だ。背を向けてその場を離れようとしたとき、
『でもここはいつ来ても素敵ですよねぇ。さすがクロエ様ご自慢の温室です!』
………………え、?今、何て言ったの?
『この大樹もすごいです。少し触れてみても宜しいですか?国王陛下』
『あぁ』
ロッティよりも低い男の声に堪らず振り返る。
そこには息子アーサーがいて久しく見ていない穏やかな表情を返していた。傍らにいるクロエも寄り添い、少し膨らんだ腹を愛おしげに撫でている。
アーサーがロッティに優しくするわけがない。だって身動きの取れない自分を犯した女よ?それにあの様子……クロエが妊娠?ふざけんじゃないわよっ!あの石女がロッティを差し置いて私の孫を産むというの?!
「っ?!?!」
すると突然ぐにゃりと時空が歪んだ。
さっきまで温室にいたはずなのに一瞬で背景は私の離宮に。
(何なのよ、この術は……)
新たな幻覚魔法?どれだけ複雑な術式を構築してあるの?!
『母上っ!』
『あらルシアン、また会いに来てくれたのね?』
後ろから現れた金髪の青年、ルシアンはいつものように弛んだ笑顔ではなく爽やかな笑みのままクロエに駆け寄った。
『そりゃそうですっ!お腹の中にいる弟に、お兄ちゃんが来たと毎日知らせないと』
『ふふ、可愛い子ね。貴方もいらっしゃい』
抱き寄せるクロエと甘えるルシアン。そんな2人を微笑ましく見つめるのは……まさかのロッティだった。
(は?何故ロッティがここに?だってルシアンを産んですぐに……る、ルシアンの母親はロッティのはずでしょ?どうして全員幸せそうにしてるのよっ?!)
そしてまた、ぐにゃりと時空が歪む。
『ミュア!今日はいいお天気だからよく乾くわね!』
『そうねロッティさん!ねぇねぇ、洗濯物干すの終わったらクロエ様をお誘いしてお茶にしましょ?』
楽しそうにお喋りするロッティと小娘。
またぐにゃり。
『ロッティ!最近は彼と上手くいってるの?』
『ちょっ!内緒にしてるんだから言わないでよぉ』
またぐにゃり。
『あーあ。今日は仕事サボって遊びに行こうかな』
『もう!ロッティってばホント仕事嫌いねぇ』
またぐにゃり。
『1個くらい盗んでも……バレないよね?』
ぐにゃり。
『あいつホント鬱陶しい!気持ち悪すぎっ』
ぐにゃり。
『ふふ、アタシ、殿方と過ごす夜が一番好きなのぉ』
ぐにゃり。
ぐにゃり。ぐにゃり。
ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。
ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。
ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。ぐにゃり。────……
「も……、や、めて」
何十、何百の幻覚を見させられる。その全てに登場するロッティは、もはや私の知っているロッティではなくなった。
見たくないと目を瞑ってもその情景が鮮明に頭の中に映し出される。聞きたくないと耳を塞いでも勝手に音が聞こえてくる。
強制的に私のキラキラした大切な思い出が汚される。
(あんなのはロッティじゃない。ロッティじゃない!)
私の知っているロッティは……ロッティは違うっ!
あの子は………あの子は……!!
「あれ……あの子は、どんな顔で……笑っていたかしら」
忘れたくない。失いたくない。
大事な大事なあの子が消えていく。消されていく。
ダメよ、だってもうロッティはいないのよ?!私が忘れてしまったらもうあの子はいなくなっちゃうの!
「ロッティ……いやだ、いやだいやだ嫌だ嫌よダメよだめだめだめ、お願いだから消えないでぇぇえええええええ!」
そしてまた、
『ふふっ!一生苦しんでろよクソババア!』
天使は悪魔のような台詞を吐き捨てた。
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