【完結】魅了が解けたので貴方に興味はございません。

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28 クロエ視点

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私は自分だけが被害者だと思っていた。

当たり前だ、魅了という魔法の存在を知らなかったんだから。単純にロッティとアーサーが私を裏切り、新たな命を育み、そして産み落としただけなのだと。

でも……

『クロエ、さま……っ、』

真実は想像よりも、もっともっと残酷だ───





■□■□■□■□■□

冷めきった紅茶を口にすることなく、時間だけが刻々と過ぎてゆく。
サラはきゅっと唇を噛みしめ何かに耐えていた。
公爵令嬢といってもまだ成熟しきっていない少女だ、こんな話を聞かせるのは酷だろう。でも……魅了の被害者である彼女には全てを知っておいて欲しかった。

「魅了をかけられた人間の末路は知ってるわね?」
「……はい」
「ロッティは魅了によって強制的にアーサーを好きにさせられた。でも、アーサーは彼女を受け入れなかった。無理矢理身体を繋げても、子供を産んでも、アーサーはロッティを拒絶し続けたの。そうすることでロッティがどうなってしまうか、当時は誰も知らなかった」

魅了対象に拒絶されることは、死に値する。
お腹の子を産んだ直後、張りつめていた糸がぷつんと切れてしまったのだ。

「ロッティは私の目の前で毒を飲んだわ。正妃である私に対する嫌がらせだったかもしれないけど死ぬ間際……彼女、一瞬だけ自我を取り戻したの」

ほんの一瞬だけだった。
倒れたロッティに駆け寄りすぐに身体を起こしてやると少しだけ嬉しそうに微笑んだ。ヒューヒューと苦しそうに呼吸をしてわずかに残った力で手を握ってきた。そして、

『クロエ、さま……っ、ごめんなさい…。ずっと、側に、いられませんでした…ぁ』

ロッティはへらっと力なく笑い、そのまま眠るように息を引き取った。
それを知ったアーサーは精神を病んでしまった。『自分は妻を裏切り、その友人を殺したのだ』と、繊細すぎる彼は何度も叫び狂乱してしまうようになった。
王宮の人間たちがおかしくなったアーサーを心配する中、ただ一人……マリアン様だけが冷静にロッティを見つめていた。


「その時にボソッと漏らしたのよ、『せっかく“魅了”をかけてやったのに』って」
「魅了……っ!」

その後は概ねサラと同じだろう。
外交という名目で“魅了”についてとことん調べた。たまたま出向いた国で魔法都市の存在を知り、マリアン様の監視を盗んでシャンディラを訪問した。

「シャンディラで初めて出会った魔術師がファリスだった。彼は当時5才という若さで、数多の魔術師の中で頭角を現していたの」

馴染みのある名前を聞くとサラの表情から緊張の色が少し薄まる。

魔法都市シャンディラは完全魔法主義の独立国家だ。
特殊な力を持つためどこの国とも協定を結ばず、自国民たちは日夜魔術に関する研究を行っている。
特に優秀な魔術師には『シャンディラ』の名が与えられ、統治者同等の権利や財産を得ることが出来るらしい。
ファリスが名を与えられたのは、私と出会ってから3年後のことだ。

「藁にも縋る思いでファリスに全てを打ち明けた。ロッティの死も、アーサーが病んでしまったことも、マリアン様の異常性も……全てが手遅れだと分かってても喋らずにはいられなかった……っ!」

なりふりかまっていられなかった訳が、当時の私にはあった。みっともなくとも、情けなくとも……

私のお腹には守るべき命が芽吹いていたのだから。


「ロッティの亡骸はマリアン様に奪われて魔力の痕跡も調べられない。術をかけた方法について誰も分からないから犯人を見つけようがなかった。でも……ファリスは誰よりも冷静だった。自分の腕を磨きながら彼はマリアン=ブルーディアという人間を分析し、再び魅了に手を出すんじゃないかと予測した。そして全ての結果が出たのが、あのパーティーの夜だった」

ルシアンの生誕パーティー。
サラの魅了を解いた後、ファリスは一度だけ報告に顔を出した。

『第二の犠牲者がいる』

それがサラだと伝えられた時、誤った判断をしてしまったと悟った。

「サラ、謝って許されるとは思っていません。でも……言わせて欲しい、気付いてあげられなくて本当にごめんなさい」
「クロエ様……」
「ロッティの忘れ形見であるルシアンを守りたくて、貴女の苦しみから目を背けていました。親として、王妃として最低な決断だった」

冷静になってみればサラに異常があったことなんてすぐ気付けたはずなのに…、無意識に目をそらしていた自分を心底軽蔑してしまう。

「……謝られてもよくわかりません」
「……そうね」
「でも、今の私がいるのは間違いなくファリス様のお陰です。だから、そんな彼を見つけてきて下さったクロエ様には少しだけ感謝いたします」

冷たくなった手をぎゅっと握られる。
サラは苦しそうに微笑みながら、そっと頷いてくれた。

(あぁ、そうか……だからマリアン様はサラを)

ロッティの面影を感じてしまう。
心が温かくて真っ直ぐな彼女の側にいると、汚れた自分まで浄化されるような気になった。

私を救う、二人の少女。
どうか……どうか、これから先の人生を貴女たちのために。

サラと恩人の魔術師に幸多いことを願って───

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