24 / 34
24
しおりを挟むそれは本当に一瞬の出来事だった。
「あ………」
勝ち誇った笑みを浮かべ登場したルシアン様だったが、大樹に触れた瞬間に表情がすぅっと真顔に変化した。そんな彼同様、ミュア嬢も真顔になりペタンとその場に座り込んでしまう。
(一体何が起きてるの?そもそも何でトータス男爵令嬢がここに……)
暴動を起こした彼女は牢屋の中にいるはずだ。なのに何故王宮侍女の格好をして……いや、今はそんなことどうでもいいわ。
「ファリス様、この状況って……」
「あああああああぁあぁあああぁああああっ!!!」
「?!」
耳なりのような叫び声にビクッと身体が跳ねた。
さっきまでの恐ろしい雰囲気は消し去り、子供が癇癪を起こすように騒ぎ出すマリアン様。虚ろだったルシアン様の焦点が徐々に合い、それを見てホッとしたのかマリアン様はすぐに駆け寄って抱き締めよう手を伸ばしたその時だ。
「触らないで下さい」
「………へ?」
パシンと乾いた音と共に振り払われたマリアン様の手。
「あ……る、ルシアン…?どうし……」
「いくらお祖母様といえど、愛しい我が身に気安く触られるのは不快です」
「へ、?」
そう言ったルシアン様はとても冷たい目でマリアン様を睨み付けた。
「くそ、汚い木に触れたせいで木屑がついてしまったじゃないか!すぐに洗って磨き上げないと!それよりも鏡はないのか?この美しい顔まで汚れていた僕はもう発狂するぞ?」
「る、ルシア……」
「とりあえず宮に戻ったら国一番の画家に僕の絵を描かせよう。それから彫刻も、銅像も……あぁああああこんな奴らと一緒にいる時間すらもったいない。やるべきことはまだまだあるぞ、なんたって愛しい愛しい僕のためなんだから」
ぶつぶつと呟きながら近くで呆然とするマリアン様をドンッと突き飛ばした。
確かにルシアン様は自信家でどうしようもないクズ男だけど、祖母であるマリアン様に手を上げるような人じゃない。
口調、雰囲気、行動の全てが今までのルシアン様と違う。
これって……
「魅了魔法……?」
「正解だ」
頭上からの声に勢いよく顔を向けると、ファリス様はふぅと軽く息をついた。
「ルシアン=ブルーディアに魅入られる術が、ルシアン本人にかかってしまったんだ」
想像を遥かに越える展開に絶句する。
「ファリス様が術をかけたのですか?」
「正確にはマリアン=ブルーディアが仕込んでいた魅了を利用させてもらった。魔力も術もそのまま、俺はただそれを発動させただけに過ぎない」
「そ、そんな……る、ルシアン様たちが来なかったらどうしていたつもりなんですっ?」
「彼らがここに来たのは偶然じゃない」
展開が早すぎて理解が追い付かない。
何とか説明を求めようとして口を開きかけたとき、座っていたトータス男爵令嬢がむくっと立ち上がった。
ぼさぼさになった髪からは彼女の表情までは伺えない。
(……ん?待って、確かあの木には彼女も触れて)
「ルシアンさまぁ、」
「あ?何だミュア、気安く名前を……」
「……素晴らしいですわっ!!!」
「「「!!!」」」
「大大大大大大大だぁーいすきなルシアンさまぁぁあ!もう一時も離れたくありませんのっ!ミュアはずっとずっとずっとずっとずぅーーーっとルシアン様に抱き着いてますのぉ!!」
甘ったるい声を出しながらルシアン様に身体を擦り付ける。その姿はまさに発情したメス猫のようで、可愛げを通り越して恐怖心すら芽生える。
「ひぃぃっ!!き、気色悪いっ!!お前のような下品な女が、完璧で美しいこの僕に触るなぁっ!!!」
「ああぁん冷たいお人!でもそんなルシアン様も愛してますわ、ですからどうぞもっと虐めて下さいませ」
「ぼ、僕は僕しか愛していないっ!」
「そんな貴方も愛してますぅ!」
トータス男爵令嬢の告白にドン引きするルシアン様。
私やマリアン様の存在に気付かないのか、彼女は異常なほどルシアン様に釘付けだった。
(ということは、やっぱり彼女にも魅了魔法が)
髪を引っ張られても、身体を蹴られても幸せそうに縋る彼女を見て悪寒が走った。
一歩間違えば私もあんな風になっていたのね。
「あぁ………もう、めちゃくちゃだわ」
「マリアン様、」
「もうダメ。全部おしまい。せっかくここまで頑張ってきた計画が台無しよ」
力なく笑い立ち上がったマリアン様、その瞳からはぽろぽろと光る涙の粒が溢れていた。
「私は……ただ、もう一度会いたかっただけなのに…」
「おばあ様っ!早くこの頭のおかしい女を何とかして下さいよっ!」
「わたしは……わたしは、…、」
「おばあさ、」
「うるさいわねぇっ!!!」
ガシッとルシアン様の喉を片手で掴み、そのままぐぐっと持ち上げるマリアン様。老いを感じられない力と狂気……ひょっとしてあのまま首の骨をっ?!
「黙れ、黙りなさい……お前なんかもういらないわ」
「ぐふっ…おば、さ……」
「うるさいっ!!あの子と同じ顔で私を呼ぶなぁああああ!!!」
(ダメだ、間に合わないっ!!)
皺のある指がルシアン様の首に食い込んだとき。
「いい加減、罪を重ねるのはお止めなさい」
私の視線の先にいたのは、一瞬にして地面に押さえつけられるマリアン様、それを捕らえるファリス様。そしてその後ろから姿を現したのは……凛としたお姿で立つクロエ様だった。
■□■□■□■□■□
※ 追記(19:40)
にゃ王さくら様、cherry様、歌川ピロシキ様
こちらにてお返事失礼致します。
訂正致しました。ご指摘ありがとうございます(*^^*)
123
お気に入りに追加
4,025
あなたにおすすめの小説

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。
藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。
学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。
そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。
それなら、婚約を解消いたしましょう。
そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?
水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のソフィア・キーグレスは6歳の時から10年間、婚約者のケヴィン・パールレスに尽くしてきた。
けれど、その努力を裏切るかのように、彼の隣には公爵令嬢が寄り添うようになっていて、婚約破棄を提案されてしまう。
悪夢はそれで終わらなかった。
ケヴィンの隣にいた公爵令嬢から数々の嫌がらせをされるようになってしまう。
嵌められてしまった。
その事実に気付いたソフィアは身の安全のため、そして復讐のために行動を始めて……。
裏切られてしまった令嬢が幸せを掴むまでのお話。
※他サイト様でも公開中です。
2023/03/09 HOT2位になりました。ありがとうございます。
本編完結済み。番外編を不定期で更新中です。

有能婚約者を捨てた王子は、幼馴染との真実の愛に目覚めたらしい
マルローネ
恋愛
サンマルト王国の王子殿下のフリックは公爵令嬢のエリザに婚約破棄を言い渡した。
理由は幼馴染との「真実の愛」に目覚めたからだ。
エリザの言い分は一切聞いてもらえず、彼に誠心誠意尽くしてきた彼女は悲しんでしまう。
フリックは幼馴染のシャーリーと婚約をすることになるが、彼は今まで、どれだけエリザにサポートしてもらっていたのかを思い知ることになってしまう。一人でなんでもこなせる自信を持っていたが、地の底に落ちてしまうのだった。
一方、エリザはフリックを完璧にサポートし、その態度に感銘を受けていた第一王子殿下に求婚されることになり……。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました
紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。
ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。
ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。
貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる