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しおりを挟むそれは本当に一瞬の出来事だった。
「あ………」
勝ち誇った笑みを浮かべ登場したルシアン様だったが、大樹に触れた瞬間に表情がすぅっと真顔に変化した。そんな彼同様、ミュア嬢も真顔になりペタンとその場に座り込んでしまう。
(一体何が起きてるの?そもそも何でトータス男爵令嬢がここに……)
暴動を起こした彼女は牢屋の中にいるはずだ。なのに何故王宮侍女の格好をして……いや、今はそんなことどうでもいいわ。
「ファリス様、この状況って……」
「あああああああぁあぁあああぁああああっ!!!」
「?!」
耳なりのような叫び声にビクッと身体が跳ねた。
さっきまでの恐ろしい雰囲気は消し去り、子供が癇癪を起こすように騒ぎ出すマリアン様。虚ろだったルシアン様の焦点が徐々に合い、それを見てホッとしたのかマリアン様はすぐに駆け寄って抱き締めよう手を伸ばしたその時だ。
「触らないで下さい」
「………へ?」
パシンと乾いた音と共に振り払われたマリアン様の手。
「あ……る、ルシアン…?どうし……」
「いくらお祖母様といえど、愛しい我が身に気安く触られるのは不快です」
「へ、?」
そう言ったルシアン様はとても冷たい目でマリアン様を睨み付けた。
「くそ、汚い木に触れたせいで木屑がついてしまったじゃないか!すぐに洗って磨き上げないと!それよりも鏡はないのか?この美しい顔まで汚れていた僕はもう発狂するぞ?」
「る、ルシア……」
「とりあえず宮に戻ったら国一番の画家に僕の絵を描かせよう。それから彫刻も、銅像も……あぁああああこんな奴らと一緒にいる時間すらもったいない。やるべきことはまだまだあるぞ、なんたって愛しい愛しい僕のためなんだから」
ぶつぶつと呟きながら近くで呆然とするマリアン様をドンッと突き飛ばした。
確かにルシアン様は自信家でどうしようもないクズ男だけど、祖母であるマリアン様に手を上げるような人じゃない。
口調、雰囲気、行動の全てが今までのルシアン様と違う。
これって……
「魅了魔法……?」
「正解だ」
頭上からの声に勢いよく顔を向けると、ファリス様はふぅと軽く息をついた。
「ルシアン=ブルーディアに魅入られる術が、ルシアン本人にかかってしまったんだ」
想像を遥かに越える展開に絶句する。
「ファリス様が術をかけたのですか?」
「正確にはマリアン=ブルーディアが仕込んでいた魅了を利用させてもらった。魔力も術もそのまま、俺はただそれを発動させただけに過ぎない」
「そ、そんな……る、ルシアン様たちが来なかったらどうしていたつもりなんですっ?」
「彼らがここに来たのは偶然じゃない」
展開が早すぎて理解が追い付かない。
何とか説明を求めようとして口を開きかけたとき、座っていたトータス男爵令嬢がむくっと立ち上がった。
ぼさぼさになった髪からは彼女の表情までは伺えない。
(……ん?待って、確かあの木には彼女も触れて)
「ルシアンさまぁ、」
「あ?何だミュア、気安く名前を……」
「……素晴らしいですわっ!!!」
「「「!!!」」」
「大大大大大大大だぁーいすきなルシアンさまぁぁあ!もう一時も離れたくありませんのっ!ミュアはずっとずっとずっとずっとずぅーーーっとルシアン様に抱き着いてますのぉ!!」
甘ったるい声を出しながらルシアン様に身体を擦り付ける。その姿はまさに発情したメス猫のようで、可愛げを通り越して恐怖心すら芽生える。
「ひぃぃっ!!き、気色悪いっ!!お前のような下品な女が、完璧で美しいこの僕に触るなぁっ!!!」
「ああぁん冷たいお人!でもそんなルシアン様も愛してますわ、ですからどうぞもっと虐めて下さいませ」
「ぼ、僕は僕しか愛していないっ!」
「そんな貴方も愛してますぅ!」
トータス男爵令嬢の告白にドン引きするルシアン様。
私やマリアン様の存在に気付かないのか、彼女は異常なほどルシアン様に釘付けだった。
(ということは、やっぱり彼女にも魅了魔法が)
髪を引っ張られても、身体を蹴られても幸せそうに縋る彼女を見て悪寒が走った。
一歩間違えば私もあんな風になっていたのね。
「あぁ………もう、めちゃくちゃだわ」
「マリアン様、」
「もうダメ。全部おしまい。せっかくここまで頑張ってきた計画が台無しよ」
力なく笑い立ち上がったマリアン様、その瞳からはぽろぽろと光る涙の粒が溢れていた。
「私は……ただ、もう一度会いたかっただけなのに…」
「おばあ様っ!早くこの頭のおかしい女を何とかして下さいよっ!」
「わたしは……わたしは、…、」
「おばあさ、」
「うるさいわねぇっ!!!」
ガシッとルシアン様の喉を片手で掴み、そのままぐぐっと持ち上げるマリアン様。老いを感じられない力と狂気……ひょっとしてあのまま首の骨をっ?!
「黙れ、黙りなさい……お前なんかもういらないわ」
「ぐふっ…おば、さ……」
「うるさいっ!!あの子と同じ顔で私を呼ぶなぁああああ!!!」
(ダメだ、間に合わないっ!!)
皺のある指がルシアン様の首に食い込んだとき。
「いい加減、罪を重ねるのはお止めなさい」
私の視線の先にいたのは、一瞬にして地面に押さえつけられるマリアン様、それを捕らえるファリス様。そしてその後ろから姿を現したのは……凛としたお姿で立つクロエ様だった。
■□■□■□■□■□
※ 追記(19:40)
にゃ王さくら様、cherry様、歌川ピロシキ様
こちらにてお返事失礼致します。
訂正致しました。ご指摘ありがとうございます(*^^*)
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