上 下
23 / 34

23

しおりを挟む


白馬の王子様なんかいない。いても絶対頼らない。
魅了が解けたとき私はそう心に誓った。

沢山の人間に利用され裏切られてきた。だから最後に信じられるのは自分だけ、何があっても自分の責任だと半ば諦めてきた。でも……

「サラ」

優しく私の名前を呼ぶ彼の腕の中で、凍り付いていた自分の心がどんどん解けていくのが分かる。

「あとは任せろ」

ファリス様の腕に抱かれながら彼の視線の先を追う。
さっきまでいたはずの木の真下は爆煙のようなものに包まれ、肝心のマリアン様の姿は見えない。
居なくなったかのように思えたが……煙の向こうからクスクスと女性の笑う声が聞こえてきた。

「まさかサラが魔術師を召還するなんて思わなかったわ。ふふふっ!なるほど、そのちんけな指輪……召還魔法を隠すためのフェイク魔法が二重でかけられてたの。盲点だったわぁ!」
「……お前がマリアン=ブルーディアか」
「いかにも」

煙の中から現れたマリアン様は楽しげに笑い、もう一度パチンと指を鳴らす。その瞬間、私にかけられていた術がフッと消えて身体が軽くなった。

「そういう貴方、ただの魔術師ではないわね?私の術を解ける人間なんて片手ほどしかいない、ましてやリリーシアなんて新国の若造がたまたまで出来る訳ないわ」

バチバチっと弾ける火花が矢の形に集まっていく。マリアン様が腕を振った瞬間、その光は私たちに向かって真っ直ぐ飛んできた。が、守るように覆われたバリアによって届くことはなく弾け飛び散った。

(これが……私たちにはない、特別な力)

魔術による戦いなの……?

「リリーシアはお前にたどり着くための隠れ蓑。本当の名はファリス=シャンディラ、魔法都市シャンディラの名を継ぐ者だ」

魔法都市シャンディラ。
聞いたことのない言葉にマリアン様だけが目を丸くする。

「あぁ……そう、貴方が魔術発祥とされるシャンディラで生まれた天才魔術師なの。ということは本気で私を殺す気なのね?」

ふぅと大きなため息をついたマリアン様は、とんとんと腰を叩いた後へらっと力なく笑った。

「こんな老いぼれ相手にご苦労様ねぇ。そんなに身構えなくとももう戦いませんよ?全盛期の頃と違ってもう魔力はあまり残ってないのよ」
「……驚いたな」
「?」
「一度はシャンディラの名を継ぐかもしれなかった大魔術師がそんなクサイ芝居を打つなんて」

ファリス様がハッと鼻で笑うと、マリアン様のこめかみにピキッと筋が浮き出た。

(あんなマリアン様、初めて見る……)

見え透いた挑発に乗るような人ではないのに。しかしその様子をファリス様は見逃さず、神経を逆撫でするように次々と言葉を繰り出した。

「まぁ、あんなろくでもない孫とぬくぬく生きてりゃ腕も鈍るのも仕方ない」
「……言葉に気を付けなさい、小僧」
「いっそのこと先にあいつから始末するか……」

ドゴォォォッッ!!!

大きな爆発音と共に強い雷撃がバリアに当たった。
衝撃で瞑ってしまった目を開けると、あのマリアン様の顔が怒りで醜く歪んでいる。

「殺す」
「!!!」
「お前だけは生かしておかない。苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで……生きていたことを後悔させてからその命を摘んでやるっ!!」

憎しみでしゃがれた声に思わず息を止めた。

(熱い……まるで業火の中にいるようだわっ!)

熱風が容赦なく浴びせられる。きっとこれは彼女の怒りに反応した魔力なんだろう、バリアの中にいても呼吸をするだけで喉が爛れてしまうほど熱い。
マリアン様が生命の木に手をつくと、さっきまでの熱風がより勢いを増して吹き出した。

「ふ、ふふ、ふふふふ……これで魔力は尽きないわ。この木に私は無敵よっ!!」
「……どうかな」
「きゃはははははっ可愛らしい強がりだこと!サラも覚悟しなさい、火傷なんかじゃ済まないわよぉ?」

そして木から手を離し、再び指をパチンと鳴らした。
禍々しい空気はどんどん強まる。マリアン様がかつて大魔術師と呼ばれる凄い人で、その人が何十年も貯めてきた魔力を一気に放出したとしたら……さすがのファリス様でも勝てないかもしれない。

かける言葉も見つからず彼にぎゅうっとしがみつく。

「……サラ」
「っ!」
「大丈夫、信じろ」

死ぬかもしれない絶体絶命のこの状況で、ファリス様はそっと微笑んだ。
ファリス様は嘘をつかない。今まで彼の言葉をずっと信じてきたんだもの、きっと……きっと大丈夫。
返事をする代わりにコクンと小さく頷けば、ファリス様は再びマリアン様の方を向く。

「……哀れな女だ」
「あぁっ?!」
「人の心を失ったお前は何も気付かないんだな」

手のひらを向け、小さな声で何かを唱え始める。

「ぶつぶつと何をっ?!」
「お前もよく知っているだろう?この術を」
「…………っ?!まさか、」
「確かんだったな」


ガサガサガサッ


マリアン様の背後にある草木が揺れ、黒い影がビュッと飛び出してきた。


「なるほどなっ!!この木に触れればいいんだなっ?!」
「あはははっ!ざーんねーんでしたぁ!!!」


間抜けな声の主たちはファリス様以外の期待を裏切り、幸か不幸か……がっちりと木の幹に抱き着いた。


「「……………あ、」」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。 ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。 不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。 ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。 伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。 偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。 そんな彼女の元に、実家から申し出があった。 事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。 しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。 アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。 ※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)

甘やかされて育った妹が何故婚約破棄されたかなんて、わかりきったことではありませんか。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるネセリアは、家でひどい扱いを受けてきた。 継母と腹違いの妹は、彼女のことをひどく疎んでおり、二人から苛烈に虐め抜かれていたのである。 実の父親は、継母と妹の味方であった。彼はネセリアのことを見向きもせず、継母と妹に愛を向けていたのだ。 そんなネセリアに、ある時婚約の話が持ち上がった。 しかしその婚約者に彼女の妹が惚れてしまい、婚約者を変えることになったのだ。 だが、ネセリアとの婚約を望んでいた先方はそれを良しとしなかったが、彼らは婚約そのものを破棄して、なかったことにしたのだ。 それ妹達は、癇癪を起した。 何故、婚約破棄されたのか、彼らには理解できなかったのだ。 しかしネセリアには、その理由がわかっていた。それ告げた所、彼女は伯爵家から追い出されることになったのだった。 だがネセリアにとって、それは別段苦しいことという訳でもなかった。むしろ伯爵家の呪縛から解放されて、明るくなったくらいだ。 それからネセリアは、知人の助けを借りて新たな生活を歩むことにした。かつてのことを忘れて気ままに暮らすことに、彼女は幸せを覚えていた。 そんな生活をしている中で、ネセリアは伯爵家の噂を耳にした。伯爵家は度重なる身勝手により、没落しようとしていたのだ。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

【完結】唯一の味方だと思っていた婚約者に裏切られました

紫崎 藍華
恋愛
両親に愛されないサンドラは婚約者ができたことで救われた。 ところが妹のリザが婚約者を譲るよう言ってきたのだ。 困ったサンドラは両親に相談するが、両親はリザの味方だった。 頼れる人は婚約者しかいない。 しかし婚約者は意外な提案をしてきた。

婚約破棄ですか? では、この家から出て行ってください

八代奏多
恋愛
 伯爵令嬢で次期伯爵になることが決まっているイルシア・グレイヴは、自らが主催したパーティーで婚約破棄を告げられてしまった。  元、婚約者の子爵令息アドルフハークスはイルシアの行動を責め、しまいには家から出て行けと言うが……。  出ていくのは、貴方の方ですわよ? ※カクヨム様でも公開しております。

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?

柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。  お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。  婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。  そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――  ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

【完結】私の妹を皆溺愛するけど、え? そんなに可愛いかしら?

かのん
恋愛
 わぁい!ホットランキング50位だぁ(●´∀`●)ありがとうごさいます!  私の妹は皆に溺愛される。そして私の物を全て奪っていく小悪魔だ。けれど私はいつもそんな妹を見つめながら思うのだ。  妹。そんなに可愛い?えぇ?本当に?  ゆるふわ設定です。それでもいいよ♪という優しい方は頭空っぽにしてお読みください。  全13話完結で、3月18日より毎日更新していきます。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。

処理中です...