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『何故、魅了なんて魔法が存在するのかしら』

いつだったかファリス様に質問したことがある。

『相手の心を縛って強制的な愛を受け取っても、ちっとも嬉しくないでしょう?』
『そう考えられるのは心が豊かに成長している証だ。多くの人間はサラのように強く自分を保てない』
『………?』

ファリス様は困ったように笑った。

『人の感情なんてものに永遠はない。今ある好意も、いつしか嫌悪や憎悪に変わり、やがて何事もなかったように消え失せてしまうかもしれない。形がないから不安になる。だから確実に、裏切りのない愛を求めてしまうんだ』


人を好きで居続けることは相当の体力を使う。時には疑い、迷い、苦しい時間が続くことは不安で仕方がないのかもしれない。
それでも、強制的な愛は何も救わないわ。
偽物の感情ではいつまで経っても心は満たされない、だからきっと同じ過ちを繰り返してしまうの。

────マリアン様、あなたのように。





「サラ」

ふわっと生暖かい空気が頬に触れる。視線の先には和やかに微笑むマリアン様がいた。

『少し二人だけで話をしましょ』

パーティーも佳境に入った所でマリアン様はそう仰った。当然断ることも出来ず、私は大人しくマリアン様の後ろをついていく。
たどり着いたのは生命の木の真下。側には小さなベンチがあり、そのすぐ隣には少女の石像が立っていた。少女の像の前で、マリアン様はピタッと足を止める。

「私の友人の像よ。可愛いでしょう?」
「マリアン様の……ええ、すごく素敵です」
「この像を貴女に見せたかったの」

愛おしげに石像に触れるマリアン様。
もう一度石像に視線を戻すと、僅かながらの違和感に気付いてしまった。

(あれ?この顔、誰かに似てるような……)

「いつも明るくて無邪気で、太陽のようにキラキラした子だったわ。彼女は荒んでいた私に“信愛”という気持ちを教えてくれたのよ」

そう言いながらマリアン様はゆっくりと振り返った。

「だからねサラ、貴女も私に誓ってほしいのよ」

瞬間、私たちの間に流れる空気が変わった気がした。
マリアン様が静かに木の幹に触れ、もう片方の手を私に差し出した。

「そりゃルシアンはどうしようもない男かもしれない。でもそれも今だけよ?時間が経てばあの馬鹿っぽいところが可愛くてしょうがなく思えるわ」
「………」
「長い目で見れば大した問題じゃないでしょ?ふふ、だからルシアンをと言ってちょうだい」

軽やかな口調とは違い、マリアン様から出される言葉すべてが重苦しい。

全ては守り続けてきたこの国のために。
全ては愛しい愛しい孫のために。

「……あの馬鹿王子を愛し抜くことが信愛ですって?」

漏れる本音はマリアン様は届かない。

「僭越ながら、一言宜しいでしょうか」

負けじとこちらもニコッと微笑む。
本当にルシアン様そっくり。……いや、マリアン様に彼がそっくりなんだわ。
そんなお馬鹿さんには教えて差し上げなきゃいけないわよね、世の中そんなに甘ったるくないってことを。

「あんなクズ、頼み込まれてもお断りです」
「なっ……?!」

その瞬間、胸に刺さっていたトゲがすっと抜けたように気分が軽くなる。

(あぁ……スッキリ)

「……貴女、自分が何を言ってるか分かってるの?」
「勿論です。マリアン様こそ何を言ったかお分かりです?ああごめんなさい、分からないですよね。というかとんでもない事言ったことすら忘れてしまったのではないですか?」

だって、おばあちゃんですものね!
嫌みたっぷりに言ってやると穏やかだった口元がひくひくと痙攣し始めた。不敬であるのは百も承知、でもそんなことはこの際どうだっていい。


「そう……やっぱり魅了が解けていたのね」


だって目の前にいるのは王太后様ではない。
魅了という禁忌に手を出した、大罪人なのだから。

「ふふふ、私も腕が鈍ったわねぇ。まさかたった5年で術を解かれてしまうなんて」
「……ではやはり、あのお茶会で魅了を」
「覚えてるでしょう?あの日も確かにここでお話したわよねぇ」

……あぁ、だんだんと思い出してきた。

5年前のあの日、私はマリアン様に連れられてここにやって来た。 今と同じように『ルシアンを宜しくね』と言われ、そして促されるようにしてあの木に触れたんだった。

「魅了についてどこの誰に教わったの?」
「………」
「まぁいいわ。いずれ吐いてもらうから」

パチンと指を鳴らした瞬間、身体がぴくりとも動かなくなってしまった。

(しまった!動けない……!)

「声も出せないでしょ?数分間だけ身体を硬直させる術をかけたわ」

嬉しそうに笑うマリアン様は静かに近寄ってくる。

「魅了魔法には膨大な魔力が必要なの。だからこの木に何十年も私の魔力を染み込ませてあるんだけど、術が難解だから直接触れさせて発動しないといけないのよ。よいしょっと!」

マリアン様は動けなくなった私を引っ張り、木に手をつかせようとする。

「大丈夫、魔力が流れ込むのは一瞬。それが終われば貴女はルシアンの虜よ」

指先が触れるまであと数センチ。
逃げ出すことも助けを呼ぶことも出来ない。ここままじゃまた前のように……

『俺のことを考えて』

視界の端っこでキラリと指輪が光った気がした。

えぇ、考えてるわ。ずっとずっと貴方のことだけを。
だからお願い、早く私を……

(助けて、ファリス様っ!!)








「待っていた、この瞬間を」

青白い光が身体を包んだ瞬間、待ち望んでいた優しい声がすぐ耳元で聞こえた。

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