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21 ルシアン視点

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(こんなはずじゃなかった……っ!)

視線の先で楽しそうにおしゃべりするおばあ様を見て僕はギリッと歯を軋ませる。話す相手は数人の令嬢たちで、その中には憎きサラの姿もあった。

おばあ様だったらサラを攻撃してくれると思ってた。

生意気なあの女に重い罰を与えれば、泣いて謝って縋りついてくるだろうとも考えていたのに……結局あの女は切り捨てられるどころか、見事におばあ様の懐に潜り込んだ。
くそっ!あんな馬鹿な女一人も排除できないなんて!

大体おばあ様もおばあ様だ。
かつては名君と騒がれていたくせにまるで人を見る目がない。第一こだわるほどの人間か?サラなんて見た目と家柄がいいだけの女だろ?!

(何とかしておばあ様の目を覚まさせないと。それか別の手を考えるしか……)

「ルシアンさま、ルシアンさまっ」
「?………ミュアっ!」

木陰から小さな声が聞こえた。振り替えるとそこには侍女服を着たミュアがいて、周りを気にしながらひょいひょいと手まねきをする。人目につかないように移動すればミュアはガバッと飛び付いてきた。

「やっと会えたぁ!」
「ミュア……どうしてここに、」

ドリーの話だと確か牢に入っていたんじゃ……?

「ルシアン様にどうしてもお会いしたいと言ったら、クロエ様が支度侍女としてここに潜り込ませてくれたんですぅ!」
「母上が?」
「ええ!」

……あの、母上が?
息子である僕には冷たく、サラとも一線を引いてきた母上が妙にミュアだけには優しい。裏があるように思えてミュアの顔や体をじっくり観察する。

「酷いことはされなかったか?それに食事もちゃんと取れているのか?」

傷跡もないし痩せこけている訳でもない。

「へへっ大丈夫ですよぉ」
「ほ、本当か?」
「はいっ!侍女のお仕事は大変ですけどいじめられたりしませんし、何よりクロエ様がとても気にかけて下さるんですよ!」

ヘラヘラとしたミュアの笑顔に胸のモヤモヤがすぅっと消えていく。

(あぁ……癒される)

近頃はそういう笑顔を向けられることもなかったからな。

『チッ!無能が』
『女を見る目もないクズのくせに』
『口だけのバカ王子にはうんざりよ』

男も女も僕を見下し嘲笑う。激務を押し付け誰も僕を助けてはくれない。救ってはくれない。だからこそ、このタイミングでのミュアの好意は心の奥底まで染みていった。

「でもどうしてそんな危険な真似を……」
「あ、そうですっ!お伝えしたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「はい。その……太后様のことです」

思わず目を丸くしてしまう。
どうしてこのタイミングでおばあ様の名前が出てくるんだ?

「この間、太后様とクロエ様がお話した内容を偶然聞いてしまったんです。太后様はクロエ様に『二人の間に女児が産まれれば、その後はルシアンもサラも好きにすればいい』と恐ろしいほどの笑顔で仰っていました」
「なんだと……っ」

まただ、この違和感は何なんだ。
おばあ様はどうしてそこまで女児にこだわる?それにその後は好きにしろって……僕にはそんなに興味がないのか。

「そしてこのパーティーでサラ様を確実に手中におさめると。このままだとルシアン様が取られちゃうんじゃないかと不安で!」
「ミュア……」
「わ、私こそがルシアン様を一番愛しているのにどうしてみんな邪魔をするんでしょうかっ?!」

ぽろぽろと涙を流すミュアはきつく唇を噛んでいる。その姿は健気でとても愛らしい。

(そうか……あぁ、ミュアは僕だけを)

今となってはこんな僕を愛してくれるのはミュアだけ。そう思うと、ますますこの子が可愛くてしょうがないように思えた。

僕を嘲笑い見捨てた“サラ”
助けるといって全然助けてくれない“おばあ様”
優しさの欠片もない厳しいだけの“母上”
そして……僕を想って涙を流してくれる“ミュア”

誰を信じるか、そんなの決まっているだろ?

悲しそうに俯くミュアの顎をくいっと持ち上げ、小さくて紅い唇にキスを落とす。

「……安心してくれミュア、サラやおばあ様たちの思い通りになんかさせないから」
「ルシアンさまっ!」
「国王になり奴らを動かすのはこの僕だ!そしてミュア、君には最高の王妃として生きていける人生をプレゼントするよ」

涙ぐむミュアをぎゅうっと抱き締める。

僕はルシアン=ブルーディア、この国で最も国王の座に近い男。女狐たちがどんなに足掻こうともこの地位を脅かすことだけは絶対に許さない。

「きっとおばあ様はどこかで二人きりになる時間を作るはずだ。そこでサラを服従できるほどのことをする。金か、脅しか、それとも力でねじ伏せるのか……」
「わぁぁ!ルシアン様ってば名推理ですぅっ!」

ぐんぐんと自己肯定感が上がっていく。やっぱりミュアと一緒にいると調子がいいな!

「二人を出し抜くなら先回りしておかなければならないな。となると……」

ふと顔をあげる。
温室の屋根を突き抜くほど生い茂った緑を見つけ、僕はニィっと口角を上げた。


「生命の木、あそこしかないな」

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