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しおりを挟むまるで雷に撃たれたように、身体がジンと痺れた。
「っ!」
温かくて柔らかい感触が彼の唇だと気付くのに、ほんの数秒。それでも思考を奪うには充分すぎる時間だった。
(………落ち着け、落ち着くのよ私。あれだ、犬にじゃれるみたいな?この人にとっては深い意味なんかないのよきっと。まずは深呼吸して、とりあえず今あったことを整理して)
「あれ?意外に冷静だな」
「ぜんぜん冷静なんかじゃないですよっ!!」
思わず大声で叫ぶと、ファリス様はぷはっと吹き出して笑った。
冷静でいられるはずがない。
この人の行動一つ、言葉一つで一喜一憂してしまっている。それほどまでに私は……
「良かった。少しは意識してくれてる」
「っ……からかわないで、」
「からかってないんだけどなぁ」
ぽりぽりと頭をかいて苦笑するファリス様は、流れるように私の手を取る。そしてポケットから小さな何かを取り出し、そのまま指に通した。
雲で隠れていた月明かりが私たちを照らす。右手の薬指に光ったシルバーリングに目を丸くしてしまう。
「これって……」
「俺の術がかけてある。さすがに王宮で開催されるパーティーに乗り込むわけにはいかないから、当日は必ずこれを身に付けていてくれ。お守りくらいに思っててくれ」
まじまじと指輪を観察してみるけど、見た目はすごくシンプルでとてもじゃないが魔術が込められているように思えない。
それでもこうしてわざわざ用意してくれたということは、いざという時ちゃんと役立つ代物なんだろう。
(ビームとか出せるのかしら)
「万が一危険が迫ったとき、君の助けになる」
「なるほど。どうやって使えば……」
「俺のことを考えて」
「は、?」
「それだけでいい」
口説き文句にも近い言葉に顔がカッと熱くなる。
「……そういうセリフ、他の女性にもよく仰るんですか」
「?」
きょとんとした顔がまた可愛らしくて……ちょっとムカッとしちゃう。
見た目もよくて身分もよくて所作もスマート、まともな女性だったらこんな完璧な人を放っておくはずがない。きっと今まで沢山綺麗な女性に言い寄られてきたんだろうな……。
チクッと違和感に思うものの言葉を飲み込み、その指輪を指の腹で撫でてみた。
「ファリス様」
「ん?」
「約束、楽しみにしています」
今は……うん、この距離でいいか。
ほんのり抱いた新しい気持ちを胸に秘めながら、そっと指輪に向かって微笑んだ。
■□■□■□■□■□
「「「きゃあぁああー!お綺麗ですぅうう!!!」」」
侍女たちのきゃぴきゃぴした声に思わず苦笑した。
ティーパーティー当日。
この日のために用意したオパールグリーンのドレスはレースも刺繍も控えめにして、髪はサイドを編み込みゆるくアップにした。アクセサリーは出来るだけ下品にならないサイズとデサインを、そして右手には……ファリス様に頂いたあの指輪だ。
(良かった。このドレスなら違和感なく馴染んでる)
思わずフッと笑みが溢れれば横にいたコフィがひょこっと顔を寄せてきた。
「可愛らしいリングですね」
「……魔術がかけられてるんですって。お守りみたいなものだと言っていたからそんな深い意味はないわよ」
「そうでしょうか?サイズもぴったりですし、何よりお嬢様によくお似合いですわ」
ふふっと笑うコフィの言葉にたまらずにやけそうになる。
身仕度を整えて馬車に向かうと、何やらド派手な馬車が門の前に停まっていた。恐る恐る近付くと、中からこれまたド派手な服を身にまとったルシアン様が降りてくる。
「……これはこれは、」
突然の登場に思わず悪態をつきそうになるがそこはぐっとこらえる。完璧なポーカーフェイスで近寄りマニュアル通りの挨拶をすれば、ルシアン様はチッと大きな舌打ちをする。
(え、この人何しに来たの?)
「お忙しい御身でありながら何用で御座いますか」
「はっ!相変わらず嫌みな女だ!」
「……申し訳ございませんが急いでおります故、お話はまた別の機会にして下さいますか?」
そう言って横を通りすぎようとした時、ガシッと腕を捕まれた。それと同時にぞぞぞっと悪寒が全身に走る。
「乗れ。お前を迎えにきてやった」
「……ご冗談を」
やんわりと手をほどきながら隠すように手を拭う。
ルシアン様が迎えに来たですって?
婚約者であれば当然パーティーのエスコートは必須だ。でも彼は一度だって私をエスコートなんかしてくれた事がない。なのにこのタイミングでするなんて……誰かの指示が入ったとしか思えない。
やはり、犯人は魅了が解けていることに気付いている。
(なら大人しく従ってあげる理由はないわね)
「お気持ちは嬉しいのですがエスコートは不要ですわ殿下。いつも通り、私一人で王宮に参ります」
「なっ?!お、お前っ!!僕の命令が聞けないのかっ?!いいからさっさと……」
必死に騒ぐルシアン様を見て、私は思わずぷっと吹き出してしまった。
「なっ何がおかしい?!」
「ふふ、いえ失礼。まさか馬車にご一緒しないだけでそんなに駄々をこねられるとは」
相変わらずの横暴っぷりを見て浮わついていた心がスッと冷めていく。
良かったわ、何も変わっていないみたいで。おかげで思う存分やり返せるもの。
「ルシアン様ったら赤子のように甘えん坊ですわね」
ルシアン様をどうやって唆したかは知らないけど残念ね。
私はこの男が嫌がること、全部知り尽くしているのよ。
案の定、嘲笑されたルシアン様は私を置いてさっさと出発していった……全く。
「それじゃあ、行ってきます」
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