【完結】魅了が解けたので貴方に興味はございません。

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「サラは誰だと思う?」
「え、?」

帰りの馬車まで送る途中、ファリス様は唐突に言った。

「魅了をかけた犯人。さっきの話だと候補は3人だったが目星はつけてあるんだろ?」
「………」

前を向いたまま投げ掛けられた言葉にぐっと息を飲み込んだ。

話した通り、私に魅了をかけられる状態だったのはあの3人だけ。でもそれは実行できるという点だけで必ずしもそうしなければならない理由がある訳じゃない。そのことに気付いてしまった。

「……ルシアン様ではないと思います。だって魅了にかけられる前、私はあの人のことをそれなりに慕っていましたから」
「それは……恋心があった、ということか?」
「……はい」

昔話とはいえ、ものすごく恥ずかしい。

小さい頃、お父様に連れられて王宮をよく訪れていた。公爵令嬢という立場のせいで友達もまともに作れなかった私にとって、ルシアン様は気さくに話し掛けてもらえる唯一の男の子で……ちょっとだけ彼のことをいいなと思うようになっていた。
でもルシアン様は、幼い頃からあのまんまだった。
仲良くするのは私だけじゃなくて、私が側にいようとも他のご令嬢と見せつけるように仲良くしていた。

「たぶん昔から女性が好きなんでしょうね、すぐに愛されようなんて考えなくなりました。でも不思議なことに冷たい態度を取ればルシアン様が優しくなるんですよ」

まるで機嫌の悪いペットを仕方なく甘やかすみたいに。

「だから、あの人が私を引き留めておく理由がありません。手に入らないものにこそ興味を持つんですから」
「クズだな」
「えぇ本当に。一瞬でも好意を寄せていたのが馬鹿みたい」

誰かに恋したって、心の底から愛したって……きっといつかは傷つく。そんな思いはもう沢山だった。

「………」
「つまらない話をしちゃいましたね。私の下らない話なんかすぐにお忘れになって?とにかく今は犯人を……」
「下らなくなんかないよ」

先を急ごうと前に出た私の手をパシッと掴まれる。
後ろにいたファリス様は手を掴んだまま、少しだけ苦い表情で首を横に振るう。

「幼い君が辛いと思った気持ちは決して下らなくなんかない」
「ファリス様……」

射貫くような視線にきゅっと唇を噛み締めた。

お父様やお母様にも言えなかったことが、ファリス様相手だと何故話せたんだろう。今日会ったばかりなのに、まだ何も知らないし教えてもないのに。
ドキドキと心臓がうるさい。お互い静かに見つめ合っていると、ファリス様の口がゆっくりと開いた。

「………サラ」
「っ……はい」
「フルーツ、好きか?」
「……………え、?」

ふ、フルーツっ?!
あまりにも想定外の言葉にきょとんとしてしまう。

「え、ええ……大好物ですけど」
「そうか。いや、リリーシアはブルーディア王国よりも温帯だからよく実るんだ。特に今時期はどれもみずみずしくて甘い」

ファリス様は特に気にした様子もなく説明し続けた。

「へ、へぇ……?」
「君におすすめしたい柑橘があるが、水質の問題なのかリリーシア以外では育たないんだ。幻のフルーツとも言われててジュースやスムージーにするとより甘味が……」
「あ、あのっ!な、何で今フルーツの話なんか……」

このタイミングでまさかの特産物アピール?もしかしてさっきいい雰囲気だと思ってたのは私だけ?
訳が分からなくなって動揺していると、ファリス様はそっと優しい笑みを向けてくれた。

「全て片付いたら案内するよ、俺の国に」
「えっ……」

それってどういう……

「終わったあとの楽しみがなきゃやりがいないだろ?」
「え……あ、ああ。そういう意味ですか」

てっきりデートのお誘いかと。
一瞬でも勘違いしてしまったことが恥ずかしくて俯いていると、ポンと頭に大きな手が乗せられた。見上げた表情はどこか挑発的で、でも少しだけ耳が赤いような気がする。

「仮にも王太子の婚約者相手に口説くなんて、そんなルール違反は出来ないさ」
「……婚約者じゃなくなったら?」
「ハハッ、言うね」

やられっぱなしは性分に合わない。
こっちからもドギマギさせたくて思わせ振りなことを言うと、ファリス様はひとしきり笑った後ぐしゃぐしゃと私の頭を撫で回した。

「わっ!ちょっと!!」
「その時は全力で挑むよ」
「……え?なに、?」

撫でる力が強すぎてちゃんと聞こえなかった。
ダメ元で聞き直してみるもののファリス様は意味深な笑みを浮かべたまま。……同じセリフは聞き出せそうにないわね。

「それじゃあ俺は別ルートから探ってみるから。何か分かったらまた連絡する」
「ええ。……あの、ファリス様」
「ん?」

馬車に乗り込む彼の背中に声をかける。

「……どうか、無茶だけはしないで下さいね」
「……サラも」

去り行く馬車を見送りながらさっきまでのことを振り返ってみる。
あの温かくてくすぐったい気持ちには心当たりがある。でも、それを認めてしまえば……また失う辛さに怯えないといけない。

「集中しなきゃ」

パチンと自分の両頬を手で叩き喝をいれた。

絶対に逃がさない。
もう、私の気持ちは誰にも奪わせたりしないわ。

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