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「…………」
「…………」
「…………ふっ」
「っ……いつまで笑ってるのですか」

正面に座る青年の肩が小刻みに揺れている。

屋敷に戻ってきて10分ほど経つが、彼はずっと笑っていた。学園での私とルシアン様たちとのやり取りが大層面白かったらしい。……こちらとしては不本意だけど。

「まさか君があんなにはっきりした物言いをするとは思っていなかった。見ていてスッキリしたよ」
「………生意気な女で申し訳ありませんねぇ」
「いや?惚れ惚れする立ち回りだった」

そう言われてしまったら何も言い返せない。誤魔化すようにお茶を一口飲むと、側にいたコフィとパチッと目が合う。
生暖かい目でこっちを見ながらニヤニヤするコフィ……言わんとしていることが丸分かりだ。

「すまないね、お待たせしてしまった」

しばらくしてお父様とお母様が部屋に現れる。
彼はすぐさま立ち上がり、完璧な所作でお父様へ手を差し出した。

「初めまして、異国から来た私の訪問をお許し下さり心から感謝致します。ファリス=ヴィ=リリーシアと申します」
「こちらも呼び立ててすまなかった。私はアゼル=コンシェナンス、そして妻のエレナだ。サラとは挨拶が済んでいるかな?」

「「………」」

お父様の言葉に私たちは固まる。
邪魔が入って自己紹介どころではなかった。

「……サラ=コンシェナンスです」
「……ファリス=ヴィ=リリーシアです」

改めてペコッと頭を下げる。その光景があまりにも不自然で面白かったのか、お母様とコフィだけがクスクスと笑っていた。

「さて、早速で申し訳ないが貴殿にはいくつか教えてもらいたいことがある。サラの……娘が数年前からおかしくなってしまった原因である、その“魅了”とやらについて」

再びソファーに腰掛けると、ファリス様はすぐに真面目な表情に変わった。

「魅了とはその名の通り、相手の心を惹き付け虜にしてしまう禁忌魔法術のことを指しています」
「禁忌、魔法術……?」
「この世界にはごく一部、魔法術と呼ばれる特殊能力を扱える人間がいます。このブルーディア王国では馴染みがないと思いますが、先進国とされる国では魔法術が日常的に使用されているんです。その魔法術の中には使い方によって人の心を簡単に破滅させてしまうものもあり……その一つが、サラ嬢にかけられていた魅了魔法です」

心を破滅させる。
話を聞くお父様の顔は青ざめ、お母様はショックのあまりハンカチで口元を覆った。

「魅了にかけられた人間の末路は大きく分けて二つ。一つは自分の意思など関係なく、魅了対象と強制的に結ばれ幸せに生きるか、二つ目は……」
「二つ目は、?」
「魅了対象に拒絶され、命を絶つか」

ゾクッと背筋が凍る。
そっか……そのレベルまで達していたのね。

「その年数が長ければ長いほど心は魅了の力に浸蝕され壊れていく。サラ嬢は……本当にあと一歩だった」
「……では、ファリス様はどうやって私に魅了がかけられていた事に気付いたの?」
「魔術師は術にかけられた人間は見て分かる。あのパーティーで君はよくも悪くも目立っていただろ?」

恥ずかしさで俯く。確かに注目を浴びていたのは否定しない。あまり思い出したくない記憶だけど……

「俺がこの国に来たのは、禁忌魔法である魅了がこの国で使用されていると耳にしたからです。その犯人を捕らえ、自国に連れて帰ることが本来の目的でした」
「そうだったのか……では、一度出国した記録は?」
「犯人の目を欺くためです。この国とあまり親交がない我々の動きはきっと向こうにマークされているでしょう。入国時に管理監を1人買収しておき、偽の出国記録を取らせておきました」

なんて用意周到なのかしら。
私も両親も呆気にとられてしまうほど、ファリス様の説明は的確で分かりやすい。

それにしても……

「では、一体何のために……」

私に魅了をかけたの?

「サラ」
「は、はい……」
「犯人に心当たりはないか?君を純粋に欲している人間、憎んでいる人間、利用して自分に得がある人間……何でもいい」

ファリス様だけでなく、お父様やお母様が私の返答を待っていた。

公爵家に生まれた頃から敵も味方も山ほどいる。
その中から一人を探し出すなんて……

思い当たる可能性を全て抽出し、ありとあらゆるケースを考えるために頭をフル回転させる。

そこで、ふと1つの疑問にたどり着いた。

「……魅了魔法は遠隔操作でかけられますか?例えば、数キロメートル先から術をかけたり第三者を操って施したり」
「それは無理だ。魅了魔法はとても高度な術で膨大な魔力が必要になる上に扱いも難しい。術者本人かつ近距離からでないと効力は発揮しないだろう」

そうか……それだけ分かれば。

「でしたらあのお茶会にいた方に絞られますね」

私の中でルシアン様が特別になったあの日。
全てが変わり、彼だけを求めて狂ったサラ=コンシェナンスが誕生したあの日だ。

「私に魅了をかけられる人間は5年前に行われたマリアン様主催のお茶会、その時に同じテーブルにいた3名だけです」


思い出されるのはあの日の記憶。
暖かくて気持ちのいい晴れの日だった。

そこにいたのは……

現王妃であるクロエ様

前王妃であり、5年前のお茶会の主催者であるマリアン様。

そして……ルシアン様だ。


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