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5 ルシアン視点
しおりを挟むあぁ……最高の気分だ。
「はいルシアン様、あーんっ!」
「あー………んむっ!美味しいよミュア、また料理の腕を上げたんじゃないか?」
「そうですかぁ?へへっ」
温かい陽気と手入れの行き届いた芝生の上、そして隣には無邪気で可愛らしい恋人。これほどまでに幸せなランチタイムがあったであろうか。
この学園は僕のものだ。……いや、正確にはいずれ僕のものになる。父であるブルーディア国王の跡を継ぎ、新たなる王となった時、この国の全てが王太子である僕のものとなるのだ。
「でも良いのですか?この芝生、関係者以外立入禁止の看板が立っていますよ?」
「気にすることはない。それに今日はミュアを励ますためにわざわざ時間を作ったんだ。ほら、この間の生誕パーティーでサラに怒鳴られていただろう?」
ちょうど一週間前。
ミュアは傷つけられたのだ。あの忌々しい女に。
サラ=コンシェナンス。
このブルーディア王国筆頭貴族であるコンシェナンス家の一人娘。
白百合のような儚さを兼ねた美貌を持ち、幼い頃から厳しい教育を乗り越えてきた彼女は、気高く凛とした完璧な公爵令嬢だった。
……そう、だったのだ。
ある日を境にサラの様子がおかしくなる。
どこに行くにも子犬のように付いてきて、鬱陶しいほど媚びへつらう。
褒美など用意しなくとも、どんなに酷く扱っても、彼女は美しい顔で何度でも愛を誓ってくる“ブルーディアの白百合”は、そこら辺に咲いている雑草へと落ちぶれたのだ。
そうなってしまえばサラに魅力などない。
どうせ嫌でもあの女と結婚しなきゃならないんだ、放っておいても変わらない。
「ミュア」
「何でしょう?」
「今までの女たちは、僕を愛していると言いながらも最終的には『公爵令嬢が……』と身を引いていく。中には愛人止まりで良いと言う者までいた」
「そんな、ひどい……っ!」
「ああ。でも君は違うだろう?」
「もちろんです!私は、貴方様の特別になりたい……一番に、なりたいのです……っ!」
ぎゅっと控えめに服を掴み俯いた。
ミュアの身分は男爵令嬢、どう転んでも王太子である僕と結ばれることはあり得ない。それでもミュアは僕を愛し、僕の一番を望んでいる。
周りの者たちは身の程知らずの愚かな女だと言うけど、僕はそんな愚かなミュアが可愛くて仕方がない。
それに秘策があった。
コンシェナンス公爵家は国内のみならず他国からも絶大な支持を集めている。その公爵家の一人娘であるサラがミュアの存在を認めれば、彼女の立場は一瞬で確固たるものに変化する。
お飾りの王妃にサラを。
寵愛を受ける側妃にミュアを。
そうなればその後の例外も認められやすい。もし今後他にいい女がいればミュアのように側妃にしてしまえばいいんだから。
面倒ごとは全部サラがやればいいだけ。
ミュアはいつまでも美しく、ニコニコと微笑んでいてくれるだけで満足。
「ミュア」
「はい、ルシアン様」
「すぐに僕の特別にしてやる。大丈夫、全部任せておけ」
「はいっ……大好きです、ルシアン様っ!」
大丈夫、全部上手くいくさ。
サラが僕に牙を向くことなんかあるわけ………
「王太子殿下にご報告致します。サラ=コンシェナンス公爵令嬢より、領地運営に専念するためしばらく王宮には顔を出されないとの言付けを承りました」
「…………は?」
城に帰ってくると、はぁはぁと息を切らせた文官が報告してきた。
通常であれば、今この時間はサラが勝手に城にやって来て謁見を申し出てくる頃だ。そんな彼女を追い返し、代わりの土産として大量の書類を押し付けるのだが……ん?待てよ。
「おい」
「は、はい」
「最後にサラが謁見を申し込んできたのは何日前だ?」
「へ?あ、えっと………王太子殿下の生誕パーティーの前日ですので、今日で10日目です」
10日だと?
あのサラが僕に10日も会いに来ていない?
「おかげで確認書類も滞っておりまして……その、あの」
チラチラと顔色を伺ってくる男にチッと舌打ちをすればビクンと大きく肩が跳ねた。
文官が言いたいことは分かる。
残っている書類処理を全部僕がやれと言いたいんだろ?もともとは僕の仕事だ、そう考えるのも当然。
でも……サラの尻拭いなど、なんか癪だな。
「おい、至急コンシェナンス家に出向きサラを呼び寄せろ。何がなんでも仕事をさせれば良いだけだろ」
「し、しかし……」
「公爵家の仕事なんて無意味。あいつは曲なりにも次期王妃だ、僕のサポートが第一優先のはず。しのごの言わずにとっとと呼んでこい」
馬鹿らしい。
ここにきて役目を放棄するのかあの女は。
「きっとこの間のパーティーでのことでヘソを曲げているに違いない。全くもって小賢しい女だ」
「お、仰る通りでございます」
「僕が呼んでいると伝えれば尻尾を振って来るはずだ。場合によっては婚約破棄も辞さないとも伝えておけ」
「はいっ!かしこまりました」
元気を取り戻した文官はすぐに部屋を出ていった。
「ちっ……役立たずが!」
ここまで言えば文句も言わずやって来るだろう。
だが……何だろうか、この胸騒ぎは。
「………ふっ、まさかな」
強がりでもなんでもない、ただの決定事項。あのパーティの日だって今すぐ捨てられるんじゃないかと怯えていたくらいだ。
そう、あいつが僕を選ばないはずがない。
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