召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話

その18

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 何事もなく飛空船で穏便に旅ができればよかったのよね。
 冷気が立ち込める室内で、ミランダは考える。
 ヤードゥという小役人がさっさと引けば問題なかったのに、と。

「三人で海をわたるよりも、そちらのほうが楽しいから」

 ミランダは、チラリとジムニを見た。

「師匠?」
「ごめんなさいね」

 冷気が静かに確実に強くなっていく。
 ヤードゥ達とミランダ達を隔てる柵に霜がついて白く濁る。

「こっ、これは……ヤードゥ様?」
「まさかっ、まさか、お前は!」

 今頃になって気が付いたか。

「何がまさかなのかわからないのだけれど。命乞いかしら?」

 恐怖に震えた兵士が矢を放ったが、ミランダの手前でピキピキと音をたてて凍り付く。
 そして地面に落ちてパリンと砕けた。
 ジムニはぽかんとした顔でミランダをみる。彼の吐く息は真っ白だ。

「ひぃぃ」

 先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた老婆が腰を抜かした。
 すでに勝負はついていた。
 突如出現した強烈な冷気に、ミランダとジムニを除く全員が怯えた。
 ミランダが片手をユラリとあげる。軽く指を曲げた手は、静かにゆっくりとヤードゥを指さす。
 まつ毛が霜で白くなったヤードゥはカチカチと歯を鳴らした。
 唇が「許して」とわずかに動く。

「あいや、またれよ」

 緊迫した状況の中、妙に芝居がかった声が響いた。
 声の主はヤードゥの側に男だった。いつの間にか見慣れない男が入室していた。
 ぼさぼさ頭でだらしない風体、ただし着ている服は立派なもの。

「モリオン様……?」

 ヤードゥの知り合いのようね。彼のつぶやきからミランダは判断する。
 その男……モリオンは軽やかに柵を跳び越える。
 ミランダへ向かって。
 彼の動きは誰もが予想外だったようで、兵士が思わずといった様子で、矢を放った。

『ダン……ダン……ダン』

 直後、兵士たちが音を立てて次々と倒れた。
 彼らの背後にいる存在に殴られたのだ。
 殴り倒した集団は、ほぼ透明の兵隊だった。
 一方のモリオンは空中で矢を掴み、着地するなりポイと捨てた。

「真空兵団……」

 ミランダは呟き、接近するモリオンを警戒する。
 ストームストーカーと呼ばれる使い魔がいる。
 真空兵団の魔法は、それを集団で呼び出して使役する魔法だ。
 兵士を倒したのはストームストーカーの集団だった。真空兵団の魔法を使ったのだとミランダは断定する。
 それは高度な魔法だ。
 ストームストーカーの性格上、かなり使い勝手の悪い魔法でもある。
 使い魔たちは、我が儘で、狂暴。しかもほとんど姿が見えず、下手すると命令を聞かず術者を殺して逃げる。
 つまりは、我が儘な使い魔を力ずくで使役できる実力者でないと使いこなせない。
 魔力だけではなく武力も必要なのだ。
 別の術者がいるかもしれないが、それを除いてもモリオンの身のこなしは常人のものでは無い。

「いやいや。すこしお待ちを」

 モリオンがおどけた声をあげてミランダへと近づく。
 態度はおどけていても、まとう気配は強者のそれだった。
 反面、両手を前に突き出してドタドタと走る姿はあまりにも不細工だった。
 彼はミランダの側まで来ると「ミランダ様、この場は私にお任せを」と耳打ちした。

「間に合いましたかな」

 そんなモリオンとミランダに対し、新たに部屋へと入ってきた男が声をかける。
 男は背筋がピンとした大柄な老人だった。しわくちゃの顔に鋭い目つき。白い髪を後でまとめている。
 偉ぶっていたヤードゥが背筋を伸ばして迎えたところから、彼よりも上位の存在なのだろう。
 男が入ってきた扉はヤードゥたちがいる場所の側にあって、モリオンもそこから入ってきたらしい。

「えぇ。多少、兵士たちを組み伏せはいたしましたが」
「ならばよかった。兵士らの事はお気になさらず」
「いやはや、オトゴバル様には感謝いたします」
「ところでその方がモリオン殿のご友人ですかな?」
「友人? いえいえ、とんでもありません。こちらのお方はヘレンニア様と申しまして、ヨラン王国にて最高の魔法学術機関スプリキト大学にて優秀な成績をおさめ、なにより我が王……詳しくいえば王子のご友人でございます」

 モリオンの言葉に、場がざわめく。ヤードゥの顔がますます青くなった。
 どういうこと?
 ミランダもわけがわからない。我が王? 王子の友人?

「いや、モリオン殿……ヨラン王にはお子が……」
「実は秘匿された王子がいらっしゃるのです。王の密命をうけ、世界を救うために戦っていた王子が」
「なんと!」

 ざわめきが一層大きくなるが、ますますわからない。
 だけれど、モリオンの言葉で状況は一変する。
 新たにやってきたオトゴバルという男も含め、2人はヤードゥよりも上位の者だった。
 すぐに兵士たちをはじめとするほとんどの者は部屋から追い出された。
 残るヤードゥも、あうあうと声にならない呻き声をあげて、ブルブルと震えていた。

「師匠……」

 流れについていけないジムニは困惑していた。

「大丈夫よ。今はお前に奴隷の履歴が無いから、この場を設けること自体に意味がないと……そんな話のようね」
「そうか。俺は自由なんだ」
「えぇ。商会に賄賂をもらって違法な裁きをしたとかで……これから不自由な目に合うのはヤードゥの方らしいわ。いい気味よね」

 ミランダは「フフフ」と静かに笑う。
 氷の女王だと名乗らず済んだことが嬉しかった。
 名乗ってしまえば、のんびりとした旅は終わっていたのだから。あとはモリオン次第だけれど……大丈夫だろう。

「いやぁ、お待たせしました」

 再び近づいてきたモリオンは笑顔だった。

「助かったわ」
「いえいえ、助かったのは私の方でございます。王よりミ……ヘレンニア様に手紙を渡して交渉を成功させよと命じられたのに、見つからないまま時間はたって、期限は間近、そりゃもう大変で大変で」
「そう。お前はヨラン王の配下なのね」
「この町にある王の館を守護する者です。そして……ここだけの話、このなりではございますが、黒騎士でもあります。その点も含めて、手紙を受け取っていただきたい」

 モリオンは黒い小箱をミランダへと差し出し、静かに開けた。
 中には金の紐で縛られて封蝋してある巻物状の手紙が入っていた。

「これがヨラン王からの」
「はい、手紙です。せっかくですから船まで送りましょう」

 そうしてミランダとジムニは馬車に乗って飛行船へと帰ることになった。

「フフッ、フフフ……アハッアハハハ」

 馬車の中でミランダは爆笑していた。
 手紙には、リーダが王子として演説すると書いてあった。演説を歓迎し、応援してほしいともあった。
 絶対に王子ではないでしょ。ミランダは心の中でツッコミを入れる。
 さすがにヨラン王の血族とは思えない。おそらくヨラン王はリーダ達を取り込むつもりなのだろう。それでリーダやノアサリーナが不幸になることはないはずだ。若干の苦労はするだろうけれど、彼らなら大丈夫だろう。

「それで、どうでしょう。王子の演説を聞きに来てくださいますでしょうか?」
「フフッ……そうね。もちろん伺わせていただくわ。王子の晴れ舞台を見ないわけにいかないですもの」
「それは良かった」
「師匠って、すげぇんだな。王子様と友達だなんて」
「えぇ。本当にそうよね。リーダ王子と知り合いだなんて。本当に、まさしく、とっても、立派な王子と」

 帰りの馬車でミランダは終始ご機嫌だった。
 ジムニの一件が解決したこともあって、気楽になっていた。
 そして久しぶりにリーダ達の妙な活躍を懐かしく思っていた。
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