召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話

その8

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「今日から修行よ! 絶対に、絶対の絶対に」
「お昼から結婚式だよ。師匠」
「明日からでいいだろ」
「いいえ。明日明日と言い続け、このテントで4日目。今日は少しでも修行!」
「師匠がムキになってる……」
「あはは面白い」

 初日はともかく、ダラダラと過ごしすぎたとミランダは後悔する。
 遊牧民の暮らしは新鮮な驚きが沢山あって、なかなか修行ができなかった。
 エルフ馬に乗ったり、遊牧民のダンスを習ったり、巨獣の皮をなめす様子を見学したりと誘惑が多かったのだ。

「これでは師匠に、私は師匠をやっていますと顔向けできないわ」

 前日の夜、エルフ馬に乗った感想でひとしきり盛り上がったあと、ミランダは一人呟き決心していた。
 明日こそは、彼らに稽古をつけてやるのだと。
 そして朝がやってきて、修行をはじめた。まずは魔法を使わせる事にした。
 実力を知らねばならない。

「できた!」

 テントの中にシェラの声が響いた。数度の試行錯誤ののち、シェラが看破の魔法を使ったのだ。
 幼いながらもスジがいいとミランダは頷く。

「そう。それで何が見えるかしら?」
「シェラ……って見えるよ。師匠」
「あとはね……布。それから……わかんない」
「わかんない?」

「まだ小さいからさ。シェラは字が沢山読めないんだよ」

 シェラの隣に座っていたジムニが指摘する。

「あぁ、そうなのね。まぁ、そうよねぇ。そうしたら、まずは字の勉強からかしら」
「字を勉強するの?」
「そうよ。だって私はお前達の師匠よ。勉強を教えなくてはならないわ」

 わざとらしく困った表情を作ったシェラに、ミランダが微笑んだ。
 そして、静かにテントの中央まで歩くと、右手をあげて人差し指だけをピンと立て、言葉を続ける。

「ではまず数字から。私が氷で数字を作るからそれを読んでみなさい。わからなければ、わからないと言うこと」
「わかった!」
「それからジムニは看破の魔法で私を見なさい。そして何と読めるかをハッキリと言うこと」
「看破くらい使える!」
「あら、私は邪魔をするのだけれど」

 ムッとしたジムニにミランダは笑って言うと、左手を振った。
 すると氷の破片がジムニへと飛んでいって、彼の額にコツンと当たった。

「いてぇ」
「ふふふ。私の攻撃をしのぎなら、看破を使う。できるかしら」

 楽しげな笑顔でミランダが「はじめ!」と宣言し、フラフラとテントを動き回る。
 動きながら、右指の先に氷の文字が作り、そして左手を振り氷の破片を作った。

「えっと……4」
「残念、この文字は2よ」
「師匠が動くから上手く狙いが……」
「泣き言をいわない」

 3人で住むには大きすぎるテントを贅沢に使い、遊びとも見える修行は続く。
 そろそろ昼といったころになると、シェラは5までの数をきちんと読めるようになった。
 そしてジムニも……。

「読めた!」

 汗だくになったジムニが叫ぶ。

「どう、私をみて何が見える?」
「名前……ヘレンニア。スプリキト魔法大学所属……あっ、服は」
「よくできました」

 看破で写る文字を読み進めるうちに、曇っていくジムニの声を遮ってミランダが言う。

「あれ、師匠の名前はミランダだろ……」
「そうね、ミランダとヘレンニア、どちらが正しい?」
「それは看破でわかるヘレンニアだろう」
「ふふっ、そうね。では私の名前はヘレンニアということにしよう」
「師匠じゃないの?」

 首をひねるジムニと笑うミランダを交互に眺めて、シェラが言った。

「いいえ。私の事は師匠と呼びなさい」
「はーい」

 シェラは笑顔で応じたが、ジムニは首をかしげるばかり。
 そんな二人の様子を微笑みながらミランダは見ていたが、しばらくして「さて、そろそろ出番かしら」と入り口を見て言った。

「結婚式?」
「そうよ。シェラ」
「師匠は出し物をするんだよな。練習してなかったけど、大丈夫かよ」

 ミランダは意味ありげに微笑んで見せる。
 彼女は遊牧民から、結婚式の祝いに芸を見せることになっていた。強制ではないと言われたが、彼女は快く引き受けた。
 それだけの対価はもらっている。立派な服に、おいしい食事、それに得がたい経験。
 だから全力を出すことにしている。ジムニは練習していないと思っているが、そんなことはなかった。こっそり深夜にでかけて、毎夜練習した。
 そしてジムニ達がエルフ馬に熱中している隙など、細かい隙をみつけてアイデアを練り上げた。
 きっとジムニもシェラもびっくりするだろう。
 驚く彼らを見たいと彼女は心からそう考えた。

「シショーさん、結婚式がはじまりますよ」

 ここに案内してくれた老婆の声がした。
 シェラが、ミランダの名前をシショーと言うので、老婆もそれに習ったらしい。
 楽しげな老婆に、ミランダはそれでもいいかと応じていた。

「では、いこうかしら」
「がんばってね師匠」
「お前達も沢山祝ってあげなさいな」

 こうしてミランダ達は外へとでて、結婚式の式場となる広場へ向かった。
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