召還社畜と魔法の豪邸

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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話

その5

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 エルフ馬と馬車が急停止したことで、土埃が巻き上がった。

「戻ったぞー!」
「よそ者も連れてきたぞ!」

 土埃の中で、エルフ馬の背に立ち上がりサエンティ達が叫び、周りに人があつまる。
 それを一瞥したサエンティがピョンと荷台の端に飛び乗った。
 ミランダ達を見下ろしつつサエンティは荷台の端を器用に歩く。そして荷台のすみから円筒状の荷物を持ち上げた。
 それは、丸めて巨大な葉っぱを紐で縛ったものだ。
 次々と持ち上げ、周りに集まった人にサエンティはそれを渡していく。

「ようこそ我らが集まりへ」

 群がる人の中から、腰を曲げた老婆がミランダに声をかけた。
 赤く細かい刺繍の入った円盤状の帽子が目立つ老婆は、しわくちゃの顔に満面の笑みを浮かべ、ミランダ達を歓迎する。

「活気があるのね」
「それはおめでたい日々の始まりだからねぇ」

 それからプルプルと震えながら、一生懸命という様子でミランダに手を差しのばした。

「まずは休む場所を案内するよ」
「一人で降りるわ、お前達もさっさと降りなさい」

 ミランダは老婆の手をそっと取ると、すぐに手を離して荷台から飛び降りる。
 その姿を見て、ジムニが飛び降り、シェラを抱えあげてそっと降ろした。
 それから、3人と老婆は馬車から離れて、テントの群れを進む。
 色とりどりのテントは、遊牧民特有のもので、円筒状の壁に円錐型の屋根がのったものだ。
 そのどれもが頑丈な家のようで、そんなテントが立ち並ぶ平原はまるで街のようだった。

「わぁ! お兄ちゃん、あれ」
「トカゲの頭だ! 凄く大きい!」
「あれが巨獣さね。あれもテントの一部だねぇ」

 ジムニとシェラには、テントの群れとはいえ、余裕をもってみる初めての街だった。
 そのせいもあって、二人はあちこちに寄り道しがちになる。
 あらぬ方向に二人で駆け出すと、ミランダは溜め息をつき笑顔で連れ戻した。
 そして老婆は楽しげにずっと目で追う。そのような事が繰り返されて進む。

 これもそのような寄り道時のこと。
「あれは?」とミランダに抱え上げられたシェラが一方を指さした。

「大きな白い筒のことかい? あれは、井戸さね」
「巨獣の牙を利用した魔導具ね。大地に突き刺せば、綺麗な水をくみ出だす」
「へぇ」とシェラがミランダを見上げる。
「お母さんは詳しいね」
「母親ではないわ。この子達は弟子よ」

 そのやりとりに「あはは」とジムニが声を上げて笑った。
 それからも、テントに、井戸に、巨大ウサギであるエルフ馬に羊とヤギ。そこにあるもの全てに二人は興味をもった。
 ずいぶんと時間をかけて3人が寝泊まりするテントにたどり着いたのは、夕方のことだった。
 用意されたのは黄色いテントだった。大平原のあちこちに咲くタンポポと同じ色。その表面にある不規則な凹凸が、テントの材料が巨獣であることを物語る。
 黄色いテントは夕日を浴びてキラキラと輝いて見えた。

「遊牧民のテントで寝るのは初めてだわ」
「師匠も始めてなんだ!」
「あたしも!」
「仲が良いのは良いことだねぇ」

 喜ぶ3人に老婆はニンマリと笑う。そして一方に手を差しのばして言葉を続ける。

「あちらの二人もお客人」

 そこに居たのは、明るい茶毛に覆われた首の長い獣人で、ダボダボの旅装束に、ハーブを持っていた。

「ラクダの人だ」とシェラが獣人を指さして声をあげた。
「指を指してはだめよ。あぁ、ごめんなさい」すぐさまミランダがシェラの手をとり、無理矢理おろさせる。

「いえいえ、子供が好奇心を持つのは当然のこと。特に我らは吟遊詩人であれば、その好奇心のかぐわしさに理解しかありません。なれど、我らがラクダとは……人よりアルパカと呼ばれることばかりなので新鮮な気分ではあります」

 その様子に獣人は静かに応じ、手に持ったハーブに手をかけた。

『ポロロン』

 弦が震えて、鈴より柔らかい音が鳴る。
 シェラが眼を大きくしてミランダを見上げ、皆が微笑む。

「ではでは、皆様もお忙しいでしょうし、またいずれ」

 獣人はニコリと微笑み去っていった。
 去りゆく獣人を3人が見ていると、老婆がテントの扉を開く。ギィと木の軋む音がした。

「世界樹の皮を使っているのね」

 扉を手で撫でてミランダが言う。

「結婚式だからね。飾らなくてはねぇ」

 老婆が言いながらテントに入り案内を始めた。
 テントは天井から垂れ下がる絨毯によって、いくつかの区画に分けられていた。
 内訳は広間が一つ、小部屋が二つ。それからトイレと炊事場。
 広間は特に豪華に飾ってある。床にはカラフルな絨毯が乱雑に敷かれ、壁にも絨毯がかけてある。さらに広間の壁沿いには大量の毛皮がおいてあった。

「ここで寝ていいの?」
「あぁ、好きにしてもいいさ」

 はしゃぐシェラに、老婆が顔をほころばせ言葉を続ける。

「食事は結婚式までの4日間は皆で食べるからね。あとで呼びにくるよ。それから……飲み物も持ってこよう。他に欲しい物はあるかい?」
「そうねぇ。この子達の服をいただけるかしら。余っている物でいいし、もちろんお礼もするわ。それからサミンホウトまで行きたいのだけれど」
「結婚式が終わればサミンホウトに戻る者もいるさね。話しておいてあげるよ。あと服も大丈夫、お礼はいらない。せっかくのめでたい日の客人だしね」

 老婆がさって、テントの中をシェラが走り回る。
 本当に元気だなとミランダは眺めつつ考える。
 そして、ポツンと立ちすくむジムニは浮かない顔だと思った。

「どうしたんだい?」
「サミンホウトに行くんだよな」
「そのつもりだけど、サミンホウト港から船に乗ってベアルドへ向かう。早ければ二ヶ月、遅ければ三ヶ月程度かしら」
「俺はそこでお別れだ。きっとバレる」
「バレる?」
「俺の両親は奴隷だった。だから俺も奴隷だ。逃げた奴隷は……呪い子でなければ連れ戻される。戻ったら罰がある、師匠にも迷惑がかかる」
「あぁ、それなら消したわ」

 ジムニの独白に、ミランダは「ふっ」と小さく息を吐くと力を抜いて微笑んだ。

「え?」
「奴隷を連れるのは面倒くさいしね。看破の魔法を教えてあげるから自分でみるといい」
「看破は使えるけど、使えるけど……奴隷を解放って、どうやったんだよ!」
「師匠はあんがい何でもできるものなのよ。どうやったのかは……お前がこれから修行の中で見つけることね」

 絶句して真顔になったジムニにミランダは二ヤリと笑う。
 それから、王剣の事はしばらく黙っていようと考えた。
 真顔で立ち尽くすジムニを心配した様子でシェラが近づいてくる。

「仲が良いことは、いいことよね」

 しまらない笑顔でミランダは二人をみつつ、パタンと毛皮に向けて倒れる。
 勢いをつけて倒れたこともあって、小さな毛皮がポワンと浮き上がった。

「あたしも!」

 続けてシェラが倒れた。だけれど、彼女の時は毛皮が浮き上がらない。それに不満だったようで彼女は小さな手で毛皮を掴んで真上に放りなげた。

「俺も」

 最後にジムニが静かに倒れ込む。
 パサッと毛皮の擦れる音がした。

「飽きないわ」

 毛皮に埋もれたミランダは眼を閉じて呟いた。
 なんだか暖かいと彼女は思った。
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