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後日談 その2 出世の果てに
黙って見るのが難しい
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頭を上げれば人の背丈を超える巨体を持つ狼……ダイアウルフ。
八体もいるそんな恐ろしい魔物と相対する訓練部隊。
安全策は用意されているとはいえ、その戦いは安心して見ていられないものだ。
「ぐっ」
ヒヤヒヤしながら見ている前で、一人の青年が狼に押し倒され肩に喰いつかれる。
「危ない!」
御者のすぐ背後で中腰になったノアが大声をあげた。
「落ち着きなさい、ノア。ダイアウルフの牙ではあの者の鎧を貫けません」
レイネアンナが冷静にいう。
「ノアサリーナ様、ご安心ください。レイネアンナ様が言われるように、かの者は魔法の鎧を着込んでおります。あの程度の獣の牙は弾き飛ばすでしょう」
「それに、彼の従者……役は、かつて第三騎士団に所属し勇猛が知られたクギター様です。危なかったら放置などしませんよ」
そして、御者とイオタイトの二人がレイネアンナの言葉を補足した。
確かにあんなに思いっきり齧りつかれたのに、青年が大怪我をしているように見えない。
まるで巨大な犬に甘噛みされて、じゃれあっているようにも見える。
「オラァ!」
その状況で動いたのは青年の従者だった。イオタイトの言葉を裏付けるように、押し倒された青年のそばにいた従者の小柄な老人が叫び、狼の耳をつかんでぶん投げる。
巨大な狼は大きく宙を舞い地面に落ちた。衝撃で地面の枯れ葉が舞い上がる。その様はなかなか壮観だ。
「すごっ」
「うん」
ミズキとノアが歓声をあげる。
「クギター様はやりすぎでは?」
「先程も、ちょっと手を貸しすぎていましたし……孫がかわいいのはわかりますが……あとで指摘しておきます」
御者が象の足元に立つオーレガランと言葉を交わす。
あの従者は強いなと思っていたら、彼は青年の祖父らしい。
どこの世界でも、祖父は孫に甘いようだ。そういえば、カロンロダニアもノアに優しい。
戦闘は続く。
今回の戦いは、いままでで一番苦戦している。そのせいもあって、身なりのいい集団の細かい違いもわかってくる。
騎士見習いである若者には、必ずベテランの従者がついていることがわかった。
そして騎士見習いの装備が充実していることも。
ともかく騎士見習いは怪我をしそうにない。確かに彼らだけを見れば、この訓練はとても安全なもののようだ。
とはいっても、それは騎士見習いだけ。第四騎士団により守られているとはいえ、村人にとって訓練は、危険と隣り合わせのシビアなものだ。
さらにダイアウルフの巨体と吠え声などが緊張感をもたらす。
「がんばれ、がんばれ」
ノアはさきほどから必死に応援している。
それはオレ達も同じだ。イオタイトやレイネアンナ達現地の大人たちのように冷静には見ていられない。
そう思っていたのだが、現地の人でも熱くなる人はいたようだ。
「おーし! そこだっ! 一気にひねり潰せ!」
すぐそばでとんでもない大声が響いた。
思わず声の主を見ると、それは第四騎士団長ディングフレ。彼も、緊張感のある戦いで熱くなったらしい。
そして、その大声に狼達はピタリと動くのをやめたあと、散り散りになって逃げていった。
ほんのつい先ほどまでの熱い戦いの喧騒が、一気に消える。
「だんちょー……」
しばらく静かな時間が過ぎたあと、御者をしていた女性が、戦象の足元に立つディングフレに間の抜けた声をかける。
「いやはや、すまん。つい熱くなった。いや、まぁ、若者が努力する姿は美しいもので、つい、な」
非難の声をうけた彼は、御者に向かって笑顔で詫びる。
「せっかくですので、検証をしましょう」
それからオーレガランの言葉で、皆が集まって反省会がはじまった。
騎士見習い達は車座になって座り、第4騎士団から指導を受け始めた。
村人達は別グループで治療を受けたりしている。
こうやってみると、村人のグループは服が破れたりと激しい戦いの跡を残しているが、騎士見習いは無傷。装備や訓練の違いがありありとわかる。
「お暇でしょうから、少々、芸を見せましょう」
訓練部隊が反省会をしている間、オレ達は戦象の芸を見て過ごす。
長い鼻で大きな木の実をお手玉したり、鼻で槍をつかんで地面に絵を書いて見せたり、なかなか面白い。
続いて戦象の武装を見せてもらう。それは、人の背丈の倍はある大きなハンマーに、盾。長い鼻を器用に動かし、地面に置いた武器や盾を素早く持ち替えて、動かす様子は迫力があった。
こういった象の戦い方は、元の世界でもあったのだろうか……今度戻った時に、ちょっと確かめたくなる。
それにしても、元の世界でやることが増えていくな。いつでも戻れるとなると、ついつい調べてみたい、確かめてみたいと思うことが増えてしまう。
「では、出発しましょう」
しばらく時間が過ぎたのち、オーレガランの言葉で、訓練の再開が告げられる。
「次の獲物は、飛竜です。手負いのはぐれ飛竜が近くにいるようです」
御者がそう言った。
「はぐれ飛竜ですか……」
その言葉を聞いて、ノアが不安そうにつぶやく。
はぐれ飛竜。オレ達がこの世界に来て間もない頃に、大苦戦した魔物だ。
ノアはそれを思い出したのだろう。
もっともあの頃とは違う。オレ達の装備は充実し強くなった。レイネアンナにイオタイトといった味方もいるし、第4騎士団だって一緒だ。
「確かに飛行する魔物は手強くはありますが、騎士見習いにとってはいい経験になります。それに我らが怪我などさせませんよ」
ノアの不安げな言葉を受けて、御者がことさらに明るく答える。
そういやそうだ。これは訓練だった。
「応援しなきゃね」
だから、ノアに拳を小さく振りながら答える。
「うん」
ノアもグッと手を握って頷いた。
八体もいるそんな恐ろしい魔物と相対する訓練部隊。
安全策は用意されているとはいえ、その戦いは安心して見ていられないものだ。
「ぐっ」
ヒヤヒヤしながら見ている前で、一人の青年が狼に押し倒され肩に喰いつかれる。
「危ない!」
御者のすぐ背後で中腰になったノアが大声をあげた。
「落ち着きなさい、ノア。ダイアウルフの牙ではあの者の鎧を貫けません」
レイネアンナが冷静にいう。
「ノアサリーナ様、ご安心ください。レイネアンナ様が言われるように、かの者は魔法の鎧を着込んでおります。あの程度の獣の牙は弾き飛ばすでしょう」
「それに、彼の従者……役は、かつて第三騎士団に所属し勇猛が知られたクギター様です。危なかったら放置などしませんよ」
そして、御者とイオタイトの二人がレイネアンナの言葉を補足した。
確かにあんなに思いっきり齧りつかれたのに、青年が大怪我をしているように見えない。
まるで巨大な犬に甘噛みされて、じゃれあっているようにも見える。
「オラァ!」
その状況で動いたのは青年の従者だった。イオタイトの言葉を裏付けるように、押し倒された青年のそばにいた従者の小柄な老人が叫び、狼の耳をつかんでぶん投げる。
巨大な狼は大きく宙を舞い地面に落ちた。衝撃で地面の枯れ葉が舞い上がる。その様はなかなか壮観だ。
「すごっ」
「うん」
ミズキとノアが歓声をあげる。
「クギター様はやりすぎでは?」
「先程も、ちょっと手を貸しすぎていましたし……孫がかわいいのはわかりますが……あとで指摘しておきます」
御者が象の足元に立つオーレガランと言葉を交わす。
あの従者は強いなと思っていたら、彼は青年の祖父らしい。
どこの世界でも、祖父は孫に甘いようだ。そういえば、カロンロダニアもノアに優しい。
戦闘は続く。
今回の戦いは、いままでで一番苦戦している。そのせいもあって、身なりのいい集団の細かい違いもわかってくる。
騎士見習いである若者には、必ずベテランの従者がついていることがわかった。
そして騎士見習いの装備が充実していることも。
ともかく騎士見習いは怪我をしそうにない。確かに彼らだけを見れば、この訓練はとても安全なもののようだ。
とはいっても、それは騎士見習いだけ。第四騎士団により守られているとはいえ、村人にとって訓練は、危険と隣り合わせのシビアなものだ。
さらにダイアウルフの巨体と吠え声などが緊張感をもたらす。
「がんばれ、がんばれ」
ノアはさきほどから必死に応援している。
それはオレ達も同じだ。イオタイトやレイネアンナ達現地の大人たちのように冷静には見ていられない。
そう思っていたのだが、現地の人でも熱くなる人はいたようだ。
「おーし! そこだっ! 一気にひねり潰せ!」
すぐそばでとんでもない大声が響いた。
思わず声の主を見ると、それは第四騎士団長ディングフレ。彼も、緊張感のある戦いで熱くなったらしい。
そして、その大声に狼達はピタリと動くのをやめたあと、散り散りになって逃げていった。
ほんのつい先ほどまでの熱い戦いの喧騒が、一気に消える。
「だんちょー……」
しばらく静かな時間が過ぎたあと、御者をしていた女性が、戦象の足元に立つディングフレに間の抜けた声をかける。
「いやはや、すまん。つい熱くなった。いや、まぁ、若者が努力する姿は美しいもので、つい、な」
非難の声をうけた彼は、御者に向かって笑顔で詫びる。
「せっかくですので、検証をしましょう」
それからオーレガランの言葉で、皆が集まって反省会がはじまった。
騎士見習い達は車座になって座り、第4騎士団から指導を受け始めた。
村人達は別グループで治療を受けたりしている。
こうやってみると、村人のグループは服が破れたりと激しい戦いの跡を残しているが、騎士見習いは無傷。装備や訓練の違いがありありとわかる。
「お暇でしょうから、少々、芸を見せましょう」
訓練部隊が反省会をしている間、オレ達は戦象の芸を見て過ごす。
長い鼻で大きな木の実をお手玉したり、鼻で槍をつかんで地面に絵を書いて見せたり、なかなか面白い。
続いて戦象の武装を見せてもらう。それは、人の背丈の倍はある大きなハンマーに、盾。長い鼻を器用に動かし、地面に置いた武器や盾を素早く持ち替えて、動かす様子は迫力があった。
こういった象の戦い方は、元の世界でもあったのだろうか……今度戻った時に、ちょっと確かめたくなる。
それにしても、元の世界でやることが増えていくな。いつでも戻れるとなると、ついつい調べてみたい、確かめてみたいと思うことが増えてしまう。
「では、出発しましょう」
しばらく時間が過ぎたのち、オーレガランの言葉で、訓練の再開が告げられる。
「次の獲物は、飛竜です。手負いのはぐれ飛竜が近くにいるようです」
御者がそう言った。
「はぐれ飛竜ですか……」
その言葉を聞いて、ノアが不安そうにつぶやく。
はぐれ飛竜。オレ達がこの世界に来て間もない頃に、大苦戦した魔物だ。
ノアはそれを思い出したのだろう。
もっともあの頃とは違う。オレ達の装備は充実し強くなった。レイネアンナにイオタイトといった味方もいるし、第4騎士団だって一緒だ。
「確かに飛行する魔物は手強くはありますが、騎士見習いにとってはいい経験になります。それに我らが怪我などさせませんよ」
ノアの不安げな言葉を受けて、御者がことさらに明るく答える。
そういやそうだ。これは訓練だった。
「応援しなきゃね」
だから、ノアに拳を小さく振りながら答える。
「うん」
ノアもグッと手を握って頷いた。
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