召還社畜と魔法の豪邸

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最終章 リーダと偽りの神

もってけ泥棒

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 太陽が黒い円に隠された事によって生まれた夜の闇。
 それは、まるで、空を覆っていた絵であったかのように、空にヒビが入る。
 ガラスの割れる音を伴って、ひび割れ崩れた闇の向こう側に雲の舞う空が見えた。
 天の蓋もろとも夜の破片が落ちる。それは夜の向こうから差し込む光を浴びてキラキラと輝いて見えた。

 天の蓋が壊れていく。

 これで、オレが居なくてもノアは幸せになれる。ミランダや、ゲオルニクスも、だ。
 ノアの周りには沢山の頼りになる人がいる。
 カロンロダニアに、キンダッタ、ファラハにラングゲレイグ、フェッカトール。
 バルカンに、フラケーテア、ファシーア。
 ピッキー、トッキー、チッキー。
 他にも沢山の味方がいる。
 ノアはずっと頑張ってきたんだ。絶対に、幸せになれる。

「避けろ!」

 空を見上げ笑うオレに怒号が聞こえた。
 辺りが光に包まれた。
 あまりのまぶしさに目をつぶってしまう。
 ガシリとオレの体は大きな手に掴まれ、振り回される。

「しっかりしろ! お前が死ぬと困るのだ!」

 大声が耳に入り目をあけると、オレの体を握りしめたスライフが見ていた。
 そしてその背後、すぐ側にはス・スがいた。
 巨大なしゃれこうべの赤い目がオレを見ていた。
 スライフはオレを掴んだままス・スから逃げるように距離をとった。

「悪い、スライフ」

 少し距離を取り、おれは再びスライフの背中に立った。
 先ほどの光はス・スによる攻撃だったようだ。
 スライフは左の翼と足を失っていた。

「怪我をしたのか」
「問題無い。修復可能だ。それよりまだ終わっていない。集中を切らせるな」

 スライフの言う事はもっともだ。
 すぐさま落下していくフエンバレアテを念じて引き上げる。
 ス・スはジッとこちらを見ていた。
 よく見ると、世界の縮小化は解除されていた。太陽を覆う黒い円は、ゆっくりとだが確実に崩れている。次第に明るくなっていくのがわかる。辺りがキラキラと輝く風景は雲が多いが綺麗だった。

「願いを……願いを……」

 声が再び聞こえてくる。

「あとはス・スを倒すだけだ」

 オレは力強い気持ちで言った。
 先ほどとは違う。天の蓋を破壊するほどの力がある。
 この力を利用してス・スを倒す。

「ス・スが動く」

 スライフが言った。その言葉どおりス・スが動きだす。
 オレをジッと見ていたス・スだったが、今度もまたオレ達を無視する作戦のようだ。
 再び何かを……いや、ギリアに向けて進んでいく。

「追おうスライフ、でも本当に大丈夫か?」
「飛行は問題無い。ただし修復が終わるまで戦闘能力は低下する」

 これでも相手してくれないのかと心の中で悪態をつき、追跡を再開する。
 魔物は平時より多いが対応できないレベルではない。
 しばらくはオレが引き受ければいいだろう。
 オレは腕を振るって本を取り出し、空中に浮いた本に左手を置く。
 右手には影から剣を取り出す。

「願いを……願いを……」

 追跡する最中も声は聞こえる。声はゆっくり大きくなる。
 この声がなぜ聞こえるのか、あと何度くらい願いを聞いてくれるのか分からない。
 だけど、実際に願いは叶った。大事にしなくてはならない。
 スライフの体はカタカタと音を立てて、ゆっくりと治っていく。
 まるでパズルのピースがどこからか飛んできて組み上がっていく感じだ。
 スライフの体が治るまで、様子を見るか。縮小化は解除されている。だけれどまだ知らない場所だ。まだまだギリアまで距離がある。

「ス・スの速度が上がった」

 スライフが言って、スピードを上げる。また世界を縮小するのではないかと不安になったが、現在のところ、その兆候は無い。

「魔物が増えた」
「それに強い個体が増えている」

 スピードを増すス・スに近づけないでいた。
 スライフの体が治るまではつかず離れずで行こうと思っていたのに、ジワジワと離されている。
 どうするか対応を考える。場合によっては、願いの力を使う必要に迫られるかもしれない。

「強力な個体だ!」

 考えていると、スライフが声をあげた。
 瞬間移動? 目の前に、巨大な女の魔物が出現した。目を黒い布で覆っていて、鳥の羽と、鳥の足をした魔物だ。左の羽がボロボロで、口から血をダラダラながしている。

「第1魔王! ピピトロッラ! ぬ……第1魔王が2体いる」

 スライフがそう言って、左下を見た。同じ魔物がスライフが見やった方にもいた。
 第1魔王が2体? 前に聞いた話と違う。

「魔王って、そんなに何体もいるのか?」
「同一魔王が複数出現する場合を知らない。異常事態だ」

 異常事態ばっかりだ。

「やっぱり魔王ってのは強いんだろうな」
「現状不利だ。手負いとはいえ、第1魔王は機動力と耐久力に優れている。そして我が輩は傷ついている」

 機動力に優れるか……。タイマーネタで吹っ飛ばすのも大変そうだ。
 しかも、こいつらに構っていられない。目的はス・スの進行を止めて倒すことだ。

「距離をとろう。こいつを先に潰す。タイマーネタの標準を!」

 体を治療中のスライフには申し訳ないが、そうも言っていられない。
 目の前の第1魔王から目を離さずスライフが後へと飛ぶ。
 2体を視界に入れつつ戦わないといけないのは地味に辛い。
 巨大なバリスタを模した彫刻の形をした魔導具……魔導弓タイマーネタの矢じりを向けると、第1魔王は即座に体を動かしてくる。狙いが付けられず、もどかしい時間が過ぎた。
 しかも左下にいた方が突っ込んでくる。
 慌てて魔法の矢を放つが、奴は無視して突っ込んできた。魔法の矢は当たるが、ダメージを受けている様子が無い。
 そして接近を許してしまう。しかも前方から接近していた第1魔王は再び瞬間移動して、目の前にいた。
 つまり2体の第1魔王がすぐ側に来ていた。左側の第1魔王は腕の翼で殴りかかってきた。前から来た奴は、前からドロップキックの要領でつっこんでくる。

『ガ、ガガッ』

 鈍い打撃音がした。
 ほぼ同時に行われた2体の攻撃をオレ達がさばいたのだ。
 前方からの攻撃は、スライフが両手をクロスさせ受け止め、左側の奴はオレが剣でいなした。
 だが魔王というだけはある。オレは剣をはじき飛ばされてしまう。
 ギリギリ体をそらせたので攻撃は当たらなかったが、あれがぶち当たると即死しそうだ。
 そして攻撃はそれだけで終わらなかった。
 前方の攻撃はただの蹴りでは無かった。スライフが受け止めた後、遅れて強い風が吹いた。
 渦を巻いた風はオレをスライフの背中から吹き飛ばした。
 すぐにフライフがオレの後を追おうとするが、左側の奴が足でスライフの体を掴んだ。

「飛べるようにしろ!」

 空中に投げ出され落下するオレは、とっさに願ってしまった。
 願いは叶い、オレは宙に浮いた。

「願いを……」

 願いの言葉は再び聞こえてくるが、無駄な願いを叶えてしまったと後悔した。

『バリバリッ』

 金属を引き裂く音が響く。
 第1魔王に掴まれたスライフが無理矢理に奴を振りほどきこちらに来た。
 その代償として左肩から先と頭の一部が欠けていた。

「それ、大丈夫なのか?」
「問題無い。だが、このままでは敗北する」
「普通の武器が通用しない。しかも、瞬間移動は厳しいな」
「そこで、相談だが……」

 スライフはスピードをあげ2体の魔王から逃げるように動きつつ、言葉を続ける。

「ソーマはあるか? 我が輩、借りをこれ以上作りたくは無いが、このままではお前が死ぬ。もしソーマがあるなら、それを使い自己を強化できる。あればあるほど良い」

 スライフがパワーアップか。
 そんな手があるなら、乗るしか無い。

「いいぞ」
「では地上に一旦降りる。ソーマを受け取り自己の強化をする間、我が輩はこの地より撤退しなくてはならない」
「だったら大丈夫だ。丁度、さっき飛べるようになった」

 オレはそう言って、頭上に巨大で分厚い鉄板の集まりにも似た魔壁フエンバレアテを展開する。そして頭上にできた影からソーマを詰め込んだ樽を取り出して叫ぶ。

「もってけ泥棒! 全部、くれてやる!」
「ぬぁ!」

 想像以上の量だったのだろう。スライフは何時と違い念力で樽を受けきれずにいた。
 スライフの伸ばした右手が樽を貫きソーマが飛び散った。
 オレとスライフがソーマでずぶ濡れになった。

「まさか、これほどとは!」

 ソーマを全身に浴びたスライフが叫んで消えた。オレにまとわりついていたソーマもろとも消えた。
 オレはフエンバレアテをぶん回しながら、第1魔王2体から逃げ回る。
 願いの力による飛行は飛翔魔法より遙かに上手く飛べることもあって、なんとか攻撃をかわすことができた。
 奴らが飛ばす風による攻撃は受けたものの、直接攻撃は着実に避けていく。
 エリクサーを何度も飲んだ。
 そしてついに、その時は来た。

『ゴロロロ……』

 雷鳴が響く。
 何もない場所から突如手が出現し、第1魔王の頭を掴んだ。
 黒に近い紫色の巨大な腕、だけど一目でわかる。あれはスライフの腕だ。
 そして強化したスライフが姿を現す。
 体は一回り大きくなって、4本の腕、4本の角、黒く4枚のコウモリに似た羽、金属質な服を着た凶悪な姿をしている。

『ボキ……ボキボキ』

 そしてスライフは第1魔王の頭を握りつぶして捨てた。

「待たせた。では、早急に残りを処理しよう」

 素早く飛んで、オレを背中に乗せてスライフが言った。
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