召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第三十二章 病の王国モルスス、その首都アーハガルタにて

閑話 皇女として(タハミネ視点)後編

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「挑発のつもりか」

 挑発する姫様の言葉に、人形が応じた。
 ルッカイアとサイルマーヤ、二人を相手にしつつ、人形は姫様に向かい剣を振るう。

『ゴォン』

 鐘の音に似た音が響く。
 剣は姫様にあたらない。巨大な盾を持った黄金の重装歩兵が、虚空から出現し、剣を突け止めたのだ。

「剣聖を名乗るほどの自信があるならば、小娘一人を追い回すのではなく、ノアサリーナ様達を相手にすればよろしいでしょう?」

 人形の攻撃を気にする様子もなく、姫様は語り続ける。

「兵法とは数を減らす事だ」
「もっともらしい言い訳。お口は達者。ですが、違いますよね?」
「何が言いたい」

 姫様は人形を挑発して、時間を稼ぐつもりか。
 その狙い通り、奴は姫様の話に乗り、心なしか動きも鈍っている。

「貴方は逃げたのです。敵わないと知って。もっともらしい言い訳で、心を誤魔化し……」
「うるさい!」

 耳元で囁くような声は大声となった。
 そして、人形はなりふり構わず姫様へと突撃する。
 人形にできた隙。それをルッカイアは見逃さない。
 彼女の振るった剣が、人形の腕をへし折る。

「石くれになっちまいな!」

 さらに彼女の持つ魔剣が力を解放し、人形が腕を中心に石化していく。
 チッキーは屋敷の門まであと5……いや3歩。
 さらに黄金兵団のうち2体がチッキーの護衛をすべく向かっている。

「人は希望を見た瞬間が一番危うい」

 ホッとした。全てが上手く言っていると確信した。
 それが作られたものだと知ったのは、穏やかな声で人形が喋った時だ。
 ルッカイアの魔剣は、人形の左手のみを石化していた。
 そして、姫様に向かうと思われた人形は身を翻す。
 左手を自ら外した人形は速度を増して、ルッカイアとサイルマーヤを振りほどきチッキーへと近づいていた。
 皆が油断していた。人形の速度がさらに増す事を考えていなかった。

「手の内は全て理解した。絶望せよ。ノアサリーナ達に伝えよ。絶望を! 私は何度でも、見えない場所で絶望を振りまくと!」

 黄金兵団の一体を切り伏せ、人形がチッキーへと襲いかかる。

「あぁ」

 私は思わず空を見上げた。

『ドゴォ』

 すさまじい打撃音が響く。
 空を見上げた私には、何が起こったのか分からなかった。

「なんと!」

 サイルマーヤの、安堵したような、驚いたような声に反応して、チッキーに視線を送る。
 彼女は無事だった。

 人形はノアサリーナの屋敷……その門の奥にいた。
 何かがあって、人形は吹き飛ばされ、転がり込んだようだ。
 チッキーが助かったという安堵と、次の攻撃への警戒に体を強ばらせた私が見たのは、ノアサリーナ達の屋敷の変容だった。
 門は閉じ、屋敷を取り巻く背の低い柵から白い光線が立ち上る。
 さらに屋敷から大きな声が響く。男の声だ。

「*#▽D=■*……悪●**意の=#▽……悪意の排除を、悪意の消去を」

 聞いたことのない異国の言葉は、次第に意味がわかるようになった。
 さらに続けて、あたり一帯から大量のガーゴイルが出現する。
 ノアサリーナの屋敷の上空に3体ほどいるガーゴイルと同じものだ。
 多い。これほど沢山いたのか。
 この地に来るまで、見たことがない見事なガーゴイル。
 信じられない数のガーゴイルが出現し人形へと襲いかかる。

「固体指定の空間閉鎖……いや時間停滞魔法? なんだこれは、なんだこれは」

 耳元で囁く声は、恐怖に染まっていた
 最初こそ、人形はガーゴイルに反撃し善戦していた。
 ところが人形の動きは次第に鈍っていく。

「私が、私の全てが引きずりだされ縫い付けられる。なんだこれは……なんだこれは……」

 人形はそう喚きちらした。
 そして人形は、人間の姿に変化していく。
 だが、それで終わり。奴は何もできず、体の全てをガーゴイルに食われた。事が終わり、ガーゴイルは散り散りに去って行く。

「驚きましたな」

 唖然とする私達の中で、最初に声をあげたのはサイルマーヤだった。

「久しいな。サイルマーヤ、 あの人形は一体なんだい?」
「さて、私は、ノアサリーナ様の敵だとしか存じておりません」

 ルッカイアの問いに、サイルマーヤは断言する。ノアサリーナの敵だと。
 帝国でも名の知れた剣の達人が2人がかりで敵わない存在。
 それは人を超えた何かだった。
 得体の知れない存在。そんな奴らとノアサリーナ達は戦っている。
 ノアサリーナ達は何と戦っているのだ。
 見当もつかない。

「チッキーは思ったよりずっと強いんだねぇ。ちょいと手を見せておくれ」
「ご主人様からもらったでち」

 一方のルッカイアはチッキーに近づき、しゃがみこんで彼女の手を取った。
 主人からもらったと言う腕輪は、ヒビ割れていた。
 おそらくあれは魔導具。
 私はそっと首元に仕込んだ魔法陣に指をつけて魔法を詠唱する。
 そしてチッキーの腕輪に触れる。
 すぐに鑑定結果は出た。偽装や鑑定妨害の術は仕込まれていない。

「不意打ちに対し、反撃を目的とした魔導具か」

 材質は……最上級のミスリル銀、それから数々の宝石、細工も相当な職人の手によるものだ。使い切りの魔導具にこれほどの品を? しかも、主でもない下僕に?
 とんでもないことだ。
 ガーゴイルといい奴らはいったいどれ程の装備を用意しているのだ。
 そして、本当に何と戦っているのだ。
 彼らとずいぶんと言葉を交わしたが、まだ何も知ることができていないと気がつき愕然とする。

「何かありましたか? タハミネ」
「いえ、大したことでは」
「そうですか。では、白薔薇達の手当を」

 姫様は私に近づき問うと、すぐさま側にいる従者達に指示を出し始めた。あまりのことに、気が回っていなかった。
 驚くよりも先に、怪我人の手当が必要だった。それに荒れた場所を整えなくてはならない。
 それらは、すでに手配済みだったようだ。よく見ると多くの使用人が動いていた。

「ファラハ様ですか」
「そうだねぇ。ん? おや、サイルマーヤはあった事があるだろうに?」
「私が最後にあったのは、もっと幼い頃ですよ。お美しくなられましたね。それにお母上によく似ていらっしゃる」
「あぁ。確かに母親似だねぇ。祖母ではなくて母親似によかった」
「確かに。それは、良いことで」

 ルッカイアとの会話で、奴は失礼な事を言っていた。

「どうしてそう思う?」

 小さく睨みサイルマーヤに問う。別に私に似ていても問題はなかろうに。相変わらず、失礼な奴だ。

「貴族女性として、魔法上手より、場の差配が重要でしょう? 今の状況を見ても、その手際の良さがわかります」

 私の言葉に、サイルマーヤは何気なく応えた。
 んん。だが、その一言は素晴らしい内容だった。

「確かに! サイルマーヤ、おぬし、良いことを言う!」

 その言葉に苛立ちは霧散し、思わず大きな声がでる。
 迂闊、迂闊。
 しかし、そうだ。
 ノアサリーナなど相手にならぬほどファラハ様には素晴らしい才があるではないか。場の差配。確かにファラハ様には、母親譲りの差配の才がある。
 貴族として、皇女として、パーティの細々とした手配、貴族達に対する心遣い。緊急時の対応。それらは、貴族女性の規範といわれた母親から受け継いだファラハ様の長所でもある。

「ふむ、これはすぐにお伝えせねば」

 私は思いも寄らぬ答えを手に入れた。
 姫様へかける言葉を見つけ、心が軽くなった
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