召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第三十一章 究極の先へ、賑やかに

せっけいず

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「ファイオー! ファイオー!」

 朝、目が覚めると、遠くの方から揃った女性の声が聞こえた。
 ファラハの所にいる白薔薇とかいう騎士団の掛け声だ。
 女性だけから成り立つ真っ白い鎧を着た騎士団。
 毎朝、彼女達はジョギングをしている。
 面白いもので、元の世界で、運動部が朝練で喚いていた掛け声に似ている。
 世界が違って、言語も違うというのに、似ているのが面白い。

「あっ、リーダ。おはよう」

 着替えて部屋から出ると、ノアと鉢合わせた。

「おはよう」

 右手に鍋、左手にお玉を持ったノアに、おはようと言う。
 ノアは心なしか力なく笑った。

「残念だったね、ノアちゃん」

 そして、ノアの後にはカガミもいた。
 いつもと違って眠そうだ。欠伸をしながら、彼女はこちらへ近づいてくる。

「残念?」
「リーダが起きないから、起こそうって道具まで準備したのにねって」

 道具を準備?
 パッと見、ノアは鍋とお玉しか持っていないようにみえる。

「準備したの?」
「うん……ミズキお姉ちゃんが教えてくれたの」

 そう言いながら、ノアは両手を挙げて、頭上でコンコンと鍋にお玉をぶつけた。
 なるほど。
 お玉で鍋を叩いて音を鳴らすつもりだったのか。
 それで、オレの部屋に押しかける予定だったのに、肝心のオレが起きて残念……と。

「じゃ、次の機会を楽しみにしてるよ」
「うん! お茶を入れて待ってるね」

 オレの答えに、ノアは楽しそうに笑うと広間へと走っていった。

「フフッ、朝から元気ですよね」
「カガミは眠そうだな」
「少し、研究に熱中しすぎました」

 広間に行く途中、カガミから研究について聞く。
 それは魔法の究極についての研究だった。
 信託の魔法を検証していたらしい。
 魔法の究極と、信託の魔法は似た仕組みだと判明したそうだ。
 特別な存在に、願い事を送る事と、質問を送る事……違いはその程度だという。
 カガミは、信託の魔法にも質問を送る過程で、情報に歪みが起きるのではないかと考えて、繰り返し魔法を使い検証したという。
 簡単な質問であれば、歪みは少ない。複数の要素から成り立つ質問であれば、模様は歪む。

「質問にかける時間で随分かわるようです。簡潔な質問と1時間近くかけた質問で試してみましたが、歪みの差は歴然としました」

 そう言って、カガミは説明を終えた。

「1時間も喋り続けたのか?」
「スピーチと同じですし、あと信託は、締めの言葉を言うまで発動しないので、問題ないです。それで、思っていた以上に、信託の魔法と魔法の究極は仕組みが同じだと分かりました」
「そっか。魔法の究極も理屈は同じか……」
「えぇ。信託の魔法は手軽に使えるので、もう少しの間、簡単に実験ができる信託の魔法を研究してみます」
「頼りにしているよ」

 それから、広間で朝食を取る。
 今日はパンとサラダ。最後にキノコのスープだ。
 パンは、巨人族のパン屋クイムダルトから昨日買った物。
 サラダは世界樹の葉に、近くの森で採った山菜。それに砕いたチーズがかけてある。
 キノコは普通のキノコだ。
 なんだかんだと言って、豪勢な朝食だ。どれも美味しい。

「飯食ったら、寝れば?」

 食事中、眠そうなカガミに声をかける。
 ほとんど徹夜で研究していたわけだし、いざという時のため、余裕を持って欲しい。

「えぇ。大丈夫です。後で、強行軍の魔法を使おうと思います」

 オレがかけた言葉に、カガミが斜め上の返答をした。
 強行軍の魔法は、いくつかのバリエーションがあるけれど、眠気や空腹それに疲労を感じなくなる魔法だ。ただし、魔法が切れるとリバウンドがある。この手の魔法によるリバウンドにはエリクサーも効かない。

「何かあるのか?」

 そこまでする行事が思いつかない。
 何かを見落としているのかと不安になった。

「お茶会があるんです」

 お茶会か……。
 最近は、度々、ご近所さん……ファラハやエスメラーニャとお茶会をしている。
 情報交換だったり、贈り物をしあったり、それなりにノアは楽しんでいる。

「ミズキと変わってもらえばいいだろ?」
「いや、ミズキも一緒に行きますよ」
「あのね、今日はエスメラーニャ様のところで、お菓子作りを教えるんだって」
「楽しみにしててね。エスメラーニャ様のメイドさんたちとの合作で、張り切っちゃうからさ」

 あっ。
 一瞬で理解できてしまった。
 ノアはともかく、カガミとミズキは猫目当てか。
 エスメラーニャ様は、キンダッタと同じ猫の獣人だ。猫が大好きな2人は、猫の獣人と一緒に遊び半分のお菓子作りが楽しみなだけだ。
 なんだよ。心配して損した。
 そして、オレの考えは当たっていたらしい。
 早々と食事を終えた2人は、そうそうに準備を始めた。

「楽しんでおいで」

 柔やかに屋敷を出たノア達を見送って、のんびりと過ごすことにする。
 といっても、ここ最近はずっとサムソンの手伝いだ。

「これと、これを……描き直してくれ」

 ウルクフラが残したという地下にある超巨大魔法陣。その設計図を、見慣れた形式に描き直す。
 出来上がるとサムソンがチェックして、問題が無ければ彼の部屋の壁に貼り付ける。

「こんな風に、モデリング図を描いていると、新入社員を思い出すよ」
「あぁー、まぁ、そうだな。でも、リーダと組んでの仕事は、ロクな思い出がないぞ」

 懐かしさ一杯で口にした言葉に、溜め息交じりでサムソンが応じる。
 確かに、ロクな思い出が無い。
 そういや、モデリング図はサムソンから習ったのだっけ。
 毎回、夜の8時とか9時に仕事に一段落つけて、そこから1時間くらい習ったのを思い出す。
 アイドルのDVDを買う手伝いとかもさせられたが、サムソンにプログラム関係を習えたことは感謝している。
 昔話をしながら延々と作業をすすめる。

「完成だ」

 そして、カガミ達がエスメラーニャの所で遊んでいた日の夜。
 ついに設計図の書き換えが終わった。
 壁一面に貼り付けた巨大な設計図。

「壮観だな」
「あぁ、これではっきりした」

 そう言って、サムソンが設計図の一部を指さし言葉を続ける。

「これは魔法の究極だ。魔法の究極で、さらに巨大な魔法の究極を動かしている。それと、この魔法陣の正体が、多分……明日には分かる」
「正体が……明日?」
「大量に魔法陣が重なって作られる超巨大魔法陣には、意図的に役に立たない魔法陣が混ざっている。その何の役にも立たない魔法陣……そのうち一つは詩だった。多分、他の魔法陣も詩だろう」
「詩?」
「魔法陣の形をした詩だった。魔力を流せばキチンと稼働する魔法陣、だから気づきにくいが、詩として意味のあるつくりだった。そこには、どういった理由で、超巨大魔法陣を描いたのか……その理由が書いてあった」

 動く魔法陣で詩を書いていたか……。
 元の世界で考えると、実行ができて、文章として読めるプログラムか。

「よくわかったな」
「気がついたのは偶然だけどな。プログラムにコンバートしたときに、他の魔法陣とはあまりにも違ったんで、魔法陣を見直して……それで気がついた」

 プログラムは人の癖が出るからなぁ。
 急にまったく違う書き方になれば、気が付くかも知れない。
 オレだったら、気がついたかな。無理だったろうな。
 それにしても、ついに正体がわかるのか。あの超巨大魔法陣の正体が……。
 壁一面に張った設計図を見て感慨にふけっていると、ふと視線を感じた。

「ん?」

 なにげに、視線を向けると両手でコップを持ったノアが立っていた。
 帰っていたのか。

「おかえり」

 そんなノアに声をかける。

「あのね。お仕事してるから、騒いじゃダメだよって」
「そっか」
「リーダも、サムソンお兄ちゃんも、格好よかったよ」
「格好よかった?」
「お仕事しているところが」
「そっか」

 少し前から、ずっと見ていたのか。気がつかなかった。
 サムソンも少し驚いた様子だった。彼も気がついていなかったのだろう。

「でね、サムソンお兄ちゃんとリーダ、2人とも、とっても楽しそうだったよ」

 そして、ノアが笑顔でそう言った。

「楽しくない」

 その言葉にオレとサムソンが揃って否定し、声がハモった。
 直後、ノアが可笑しそうに笑って、オレ達も釣られて笑った。
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