召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十六章 王都の演者

としょぎるど

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 午前中は謁見の練習、午後は自由時間。
 ここ数日はそうやって日々を過ごしている。
 最初は当番制だと言っていた案内役は、ピンシャルが予想外に忙しくなったらしい。
 そういうわけで、ラタッタとグンターロの2人が案内してくれている。
 王都は、王様が物語を好んでいるということで、演劇場が多く、そして吟遊詩人もたくさんいた。
 少し歩けば、あちらこちらで吟遊詩人が歌っている風景を見かける。
 他にも少人数の路上で演じている小芝居。
 大声で宣伝する劇場の呼び子。様々な芸を披露する大道芸人。
 王都を観光していると、いつだって何らかの物語を見聞きすることになる。

「あっちの方で紙芝居やってるっスね」
「いってみようか」

 これだけあれば演目が被ることがあるだろうと思っていたのだが、ほとんどそう言うことが無い。

「物語なんて沢山あるからさ。だって、王都で吟遊詩人になるんだったら300種類ぐらいの歌を歌わなきゃダメらしいよ」

 どこで拾ってきたのか、木の枝を振り回しながらラタッタが言う。
 王都はあまりにも吟遊詩人が多いので、吟遊詩人ギルドというものがあるらしい。
 そこで一人前として認められ、王都で歌う資格を得るためには、300曲の歌を歌わなければ認めてもらえないというのだ。

「あちらを見てください」

 グンターロが指差す先には、一人の吟遊詩人が歌っていて、その後ろには二人の吟遊詩人が隠れるようにして立っていた。

「あの人たちは?」
「あーやって師匠の歌を覚えてるところ」

 よくよく見てみると、確かに隠れている吟遊詩人はメモを取ったり、小さく同じように歌っていた。

「逃げろ! 逃げろ! 黄金の呪いだ」
「なんてこった。うちの宿で、なんてこった」

 そして芸事の他に、お金の偽造というか、複製をして罰を受けている現場にも遭遇した。
 金貨を魔法で増やすと、呪われるらしい。
 それは触れる物のほとんど全てが金に変わる呪いで、呪われた人が死ぬまで続くという。
 ヘタにかかわると、自分も金塊になるという恐怖が人々を襲っているようだ。複製しようとした犯人の泊まる宿から、人が慌てて逃げ出していた。
 お金を複製してはダメだとロンロに言われて、増やそうなんて考えなかったが、複製すると自動的に罰を受けるそうだ。異世界は怖い。
 やはり法令遵守、コンプライアンスの精神は自分を助けるのだ。
 もっとも、おっかないことはそれくらい。
 ラタッタが言うには、ピンシャル達が、がんばって護衛してくれているので、安全だという。確かに、神官が人を取り押さえる姿を見たこともある。軽い気持ちで頼んだけれど、頼んで良かったと思う。感謝してもしきれない。
 そんなわけで、ここ数日は芝居を見て、買い食いするという日々を過ごしていた。
 しかし今日は違う。
 目的をもってゆっくりと進む。
 オレ達が目指すのは図書ギルド。
 いちおう以前から行くつもりだったのだが、演劇や吟遊詩人などに目を奪われて行けず仕舞いだった。
 あっちウロウロ、こっちウロウロと進んでいるとなかなかたどり着けず、あっという間に時間が過ぎて家に戻るという生活が続いていたのだ。
 だから、今日はまっすぐ図書ギルドに向かう。

「結構小さいよね」

 図書ギルドは、石造りのこぢんまりとした灰色の塔だった。3階建ての他の建物と比べても、目立って高い建物ではない。

「ここが図書ギルドっスか?」
「間違いないって」

 寂れた様子に、プレインが不安げな声を上げるが、ラタッタは明るい調子で否定し、中へと入っていく。
 後についていき、開け放たれた両開きの扉をくぐると、外から見るよりも大きな空間が広がっていた。
 海亀の背に乗せた小屋のように、魔法で空間を広くしているのだろう。
 所狭しと本や巻物が置いてあり、窓から差し込む光により、ちらちらと舞い散るほこりが輝いている。

「あら」

 静かな空間に、1人の女性がいた。
 見た感じ王都でよく見る服装で、小さな猿を肩に乗せた女性だ。ギルドの職員かもしれない。

「ここって、図書ギルドだよな」

 ラタッタが、オレ達に気がつき近寄ってくる女性に尋ねる。

「正確には違うわ。ここは旧館。今は、あっちの方にあるのが図書ギルド。移転したのはもう10年以上前よ」
「そっかー。そういえば、私が図書ギルドにいったのは20年位前だったからなぁ」

 旧館か。確かに、本は一杯あるけれど、人は少ないことから、今はメインで使っていないという説明で納得する。

「ノアサリーナ様は、図書ギルドに用事ですか?」
「はい。古い本を探しに伺いました」

 一瞬、なぜノアの名前が……と思ったが、よくよく考えたら看破の魔法があったな。
 未だにいきなり名前を呼ばれるとギョッとしてしまう。
 見るだけで相手の名前が分かるという環境は、どうしても慣れないものだ。

「古い本を……少しお待ちになって。図書ギルドの人を呼んでくるから」

 そう言って肩に小さな猿を乗せた女性は、トコトコと所狭しと積まれた本の隙間を縫うように歩き進む。

「クワァイツ! ブルッカ! お客さん、ノアサリーナ様!」

 そして、ピタリと止まったかと思うと俯いて大声をあげた。
 彼女の足下には地下室があるようで、声が共鳴するように響く。

「エティナーレ様、お金なら貸さないってー!」
「違う、ノアサリーナ様! 聖女様がお客で来てる!」

 ロクでもないやり取りがあった後、騎乗服を着た1人の女性が姿を現した。

「どうしてここに?」
「本館と間違えたようね。古い本をさがしているそうよ」

 彼女は小さな猿を肩に乗せた女性と短いやりとりをした後、ノアの前で跪くようにしゃがみこみ、微笑んだ。

「初めましてノアサリーナ様。わたくし、図書ギルド職員ブルッカと申します。本日は、古い本をお探しとか?」

 そして、やや早口でノアへと挨拶し、質問した。
 それを受けて、ノアはオレを見る。

「えぇ。古い本……禁書と呼ばれるような本を探しています。王都にはコレクターがいると聞きまして、手がかりがあるかと伺いました」

 ノアの代わりに、ブルッカへ探している本の詳細を伝える。

「禁書……ですか? 念の為に聞きますが、ヨラン王国に禁止された本ではなくて、読むことを禁止された本の方ですよね?」

 オレの質問に対し、彼女はさらに質問を返してきたのだが……なんのことだろう。
 古くて読めない本が禁書と呼ばれているんじゃないのか?

「禁書というのはいくつも種類があるのでしょうか?」
「そうです。ヨラン王国において、危険な品の生成方法など王が禁じた本、魔術士ギルドが指定した本……魔神教に係る本は、持つこと読むことを禁止されています。これが1つ目の禁書。もう一つが、古く失われた時代の文字で書かれた本……黒本とも呼ばれます」
「なるほど」

 禁書というのは大きく分けて2種類あるのか。
 内容がヤバくて禁止された本と、古くて読めない本……別名黒本の2種類。

「私達が探しているのは黒本の方です。魔法の本にも興味はありますが……」
「それは何の為ですか?」

 オレが答えた直後、被せるように追加の質問がくる。
 彼女は、ぐいと身を乗り出し、言葉を被せるように質問するので威圧感がある。
 左右の目の色が違う、オッドアイとか言うのだっけかな。特徴的な目に見つめられ気圧される。彼女は笑顔なのに、まるで尋問されているような迫力だ。

「答える必要があるのでしょうか?」

 そんなブルッカに対し、カガミが質問を投げかける。

「もちろんです。本は、いろいろな使い方があります」
「使い方?」
「そうです。読むため、眺めるため、食べるため……そして焼くため」

 カガミの投げかけた質問に、バッとカガミの方を見たブルッカは、よくぞ聞いてくださいましたとばかりに、笑顔で答えた。

「本を食べる変質者は、ブルッカくらいだと思うけど」
「エティナーレ様は黙っていてください。つまり、同じ黒本を探すにしても、内容を見るためであれば、写本でもいいわけです。でも、鑑賞を目的とする収集が目的なのであれば、本物ですよね?」

 そういうことか。本を眺めるという発想はなかった。確かに、この世界の本はどれも装丁がしっかりしている。小さい宝石で飾られた物もたまに見る。あれなら美術品という側面があっても納得できる。

「読むためなので、写本で問題ありません」
「黒本は、読めないから黒本なのに?」
「あぁ、いや、読むことに挑戦したいのです」
「わかりました。では、こういうでも良さそうです」

 もっともな突っ込みに一瞬焦ったが、彼女は特に気にしなかったようだ。側にあった本を手に取り、目の前で開いて見せてくれる。
 何かの写本だろう。ジグザグの線で区切られた枠に文字が書かれた本だ。

「これは?」
「黒本と呼ばれるほど、整った本は殆どありません。大抵は、細切れになった燃えかすばかり。これは、それをつなぎ合わせた本……それの写本です」

 チラリと見た感じは、きちんと読める。
 このジグザグの線が、細切れの境目ということか。すごい執念だな。

「えぇ。こういう本でも大歓迎です」
「わかりました。それでは、図書ギルドに行きましょう。おそらく持ち込みもあるでしょうし」

 ブルッカはオレに見せた本を片手に入り口へと立った。
 そして本を持った手をスッと動かし、入り口を指し示す。

「あの、ここの本は?」
「これは祖父の私物です。自分がギルド長なのを良い事に、建物を私物化しているのです。今、わたくしが持っている本の他にも、黒本に近い本はありますが、そのあたりもおいおい説明しましょう」

 彼女は、そう言いながら外に出ていった。
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