召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

文字の大きさ
上 下
514 / 830
第二十五章 待ちわびる人達

閑話 満月の休日(ハロルド視点)

しおりを挟む
「いらっしゃいませ。ハロルド様」

 ギリアに戻り、慌ただしい日々。また明後日には、この町を立つ。
 ゆっくりは出来ぬが、仕方が無い。
 だが、そんな慌ただしい中にも救いはあるもので、今宵は満月。
 ギリアにある馴染みの酒場に行く。
 満月の夜のささやかな楽しみの為に。
 ひとり静かな環境でうまい飯を食い、香り豊かな酒をたしなむ為に。

『カララン』

 扉の端に吊り下げられた陶器の破片がぶつかり合い、澄んだ音が響く。
 この店は、ちいさな工夫から楽しめる。
 ここに来るのも、およそ一年ぶりか……。
 思えば、ギリアで過ごした日々はあまりないな。
 だが、この町は気に入っている。

「久しぶりだ。魚の煮付けを中心に」
「かしこまりました」

 若いが強面で貫禄のある主人がニコリと笑う。

「それにしても繁盛しておるな」
「はい。ギリアも人が増えましたので、忙しいばかりでございます」
「それは上々」

 静かな環境が望みだったのだが、店の繁盛には代えられない。
 少々慌ただしい環境も、まぁ……悪くはない。
 リーダ達の騒々しさに慣れてしまったのかもしれぬ。

「どうぞ」

 早速、拙者が要望した煮付けがコトリと目の前に置かれた。
 茶色い細く長い魚に、これまた茶色いソース。
 白い皿に盛られた煮付け、そして赤いワイン。白と赤の2色が美しい。
 ギリアの湖でとれた魚の煮付け。甘辛いソースがかけてあり、ほろりとほどける身は濃いめのワインに合う。あぁ、ギリアではワインは薄めず飲めるのだったな。
 フワリと果物の風味が漂うワインの香りを堪能しつつ、魚の味を楽しむ。

「ふむ。店主、腕を上げたようだな」

 次の料理を運んできた主人に、感想を伝える。
 忙しい身、あまり長々と話すものではない。美味い料理を楽しむ……それが目的なのだ。

「ありがとうございます。では、こちらを」

 ふむ。エビか。大きなエビ。
 赤い大ぶりなエビに、やや薄い赤色のソースがかかっている。

「いただこう」

 ん?
 これは。
 ナイフを入れた瞬間、雷に撃たれたような衝撃があった。
 皮にナイフを立てた感触がなかったのだ。
 スルリとナイフは身を分けたのだ。

「これは……もしや、皮ごと?」
「左様です」

 バッと振り返った拙者に、主人はニコリと笑った。

「この大ぶりなエビを皮ごと食らうとは。どれほどに、煮込めば、これほど柔らかくなるのだ? しかも、このソース。先ほどとは大きく違う」

 なんだ、これは? 舌の上で踊るエビの風味。その鮮やかな味わい。
 も……もう一口、もう一口食べねば。

「やはり! 甘さの中にある酸味。そして鮮やかな風味。荒々しい中にも、清廉さを主張するソレ。真夏の深い森で、唐突に氷を見つけたような感覚。エビとソースの激しいダンス。それは、自然が作り出した草原での、いや、花園での意図せず出会った平穏のように。心に染み入り……そうか! グラプゥか! 加えて煮込んだだけでは無い。さらに仕上げに、グラプゥを細かく刻み、混ぜた。つまり、火を加えないグラプゥで、濃いめのソースを薄めたな? 主人」
「左様でございます。エビは一月煮込み、ソースは皮を剥いだグラプゥをすりつぶし加えております」

 唖然とする。

「エビの皮が柔らかくなるまで一月も煮込むとは」

 店主の努力に頭が上がらない。火を絶やさず、エビの風味を損なわず、絶妙な火加減で一月も続けて煮込むとは。
 そして、風味豊かなソース。風味だけに頼らず微細な味付けも完璧だ。
 あぁ、この地に来ることが出来て良かった。
 素晴らしい素材。たゆまぬ努力。それらが相まって作り出される味わい。

『ドスン』

 拙者が素晴らしい料理を堪能し、至福の時を過ごしていたとき、唐突に私の前に男が座った。
 無粋。
 賑わっているとはいえ、席は空いている。
 店の者も困惑の色を隠せない視線を、この席に送る。
 何故に、拙者の前に?
 こやつ……。
 目の前に座る男、それは拙者の知らぬ者では無かった。
 イオタイト。
 得体の知れぬ人物。今まさに、こうして目の前に座るやつを見て思う。
 ただ者では無い。

「あぁ、店主。私の知り合いだ。驚かせてすまぬ」
「左様でございましたか」

 そう言うと、店主はにこやかに立ち去った。

「何の用だ?」

 店主が立ち会ったことを確認し、イオタイトに問いかける。

「別に、戦うってつもりじゃないよ」
「それはそうであろうな」

 イオタイトは、にこやかな表情で、拙者が食べていたエビを一切れ手に取ると、パクリと口に入れた。

「あー。店主すまないが、酒を用意してくれないかな?」

 そして、なんでもないかのように店主に酒を注文した。

「さて、ハロルド・オーク・ベアルド。今日は、君に礼を言いに来た」

 それから、イオタイトはにこやかな笑顔のまま、そう言った。

「礼?」

 この者に、礼をされるようなことは何もしていない。
 逆に姫様を助けるため、こやつを戦いに巻き込んだ憶えしかないのだ。
 そういった拙者の怪訝な雰囲気を感じ取ったのか、イオタイトが両手をあげ、降参と言ったポーズをとる。

「そうだね。おれっちが礼をすべきなのは、ノアサリーナ様、いやリーダ様かな」
「して、何に対しての礼でござるか?」
「おれっちの、仲間がね、ナセルディオに術をかけられていた。ノアサリーナ様の活躍で、その術は破壊され、おれっち達は、かけがえのない仲間を殺さずに済んだってわけだ」
「ふむ」

 言っていることに不審な点はない。確かに姫様とリーダめは、ナセルディオの術を破壊した。その結果、こやつの仲間が魅了の術から逃れたというのは、特段おかしな話ではない。

「そこで、おれっちの出来る範囲でお礼をしようと考えてね」
「そうであれば、姫様に直接礼をすべきではないのか?」

 イオタイトの言い分が正しければ屋敷に行き、礼を言えば良い。
 拙者が一人のところに、わざわざやってくる必要はない。
 しかも、満月の晩。拙者を目的に近づいてきたことは明白。まだ理由の全てをこやつは言っていない。

「それができれば一番いい。でもね、おれっちには、ノアサリーナ様に対してできる礼っていうのがないんだ」
「拙者に対してであれば、あると?」
「そう言うこと。おっ、美味そう」

 そう言いながら店主が出してきたお酒と、それから追加の食べ物を見て、イオタイトが楽しげな声を上げる。
 酒はともかく、こやつは料理を頼んでいないではないか。それは拙者の焼き魚だ。
 すぐに焼き魚が載った皿を引き寄せる。フワリと、香ばしい魚の香りが漂い食欲が増す。

「しまっ……」

 だが、イオタイトは拙者の動きなど知らぬとばかりに、流れるように動いた。スッと手を動かすと、付け合わせの揚げ物をひとつまみして、ポイと口に入れた。
 このような些細な動きからも、底を見せない武力と、簡単には見破ることができない擬態が、うかがい知れる。
 口調は、おどけているが油断はできない。

「そう警戒しなくてもいいさ」

 イオタイトは酒を飲み、目の前の食べ物を、次々と口に運びながら笑う。
 拙者の事などお構いなしに。

「それで、そのお礼とやらを持ってきたというのでござるか?」
「いや違う。おれっちの礼とは知識だ」

 イオタイトが、ぐいっと拙者の方に身を乗り出し、口を開く。

「いいか。お前の呪い。子犬になる呪いだが、お前は、何らかの力で一時的に解除する方法を手に入れている。そういう状況だ。間違いないよな?」

 満月の日に現れたことからも、薄々気付いていたが、拙者にかけられた呪いの事も知っていたか。

「それで?」
「呪いが一時解除された時、お前の身にまとわりついていた呪いの破片は、遠く弾けるように離れる」

 イオタイトは、拙者の状態を、まるで見てきたかのように語る。
 呪いの破片は、リーダ達にすら見えなかったものだ。
 それをイオタイトは、的確に言い表す。
 その言葉は、ある種の強い説得力を持って続く。

「ぬめりとした霧は、やがて再びまとまり固まり、そしてお前の身を取り囲み、まとわりつく。逃れることはできない」
「確かに」

 イオタイトの言う通りだ。
 拙者も、姫様に魔法を解除してもらう度に、何とかしようとした。
 再び舞い戻ってくる霧から逃れようと頑張った。
 だがそれらは無駄だった。
 逃げることはできず、再び拙者は呪いの力によって子犬の姿に戻る。

「それを、逆に飲み込むのだ」

 右手に広げ、左手で握りこぶしつくり、そしてそれを包み込むように手を動かす。
 拙者がその姿を見ていると、イオタイトはさらに言葉を続ける。

「全てではなくても、一欠片でも。それを繰り返していけば、呪いがお前を支配するのではない。お前が呪いを支配することができるようになる」
「つまり……」
「好きな時に、人の姿に戻れるということだよ。オークの戦士ハロルドよ」

 言うことは言ったと言ったばかりに、イオタイトは席を立ち、残った酒をあおった後、店から姿を消した。

「呪いを支配……か」

 試してみる価値はある。
 ふむ。
 拙者は思考しつつ料理を味わった。
 奴の言う通りならば、感謝もしよう。
 心根は、悪くもないか。
 フッと笑みがこぼれる。
 美味い料理、有益な情報。温かい気持ちで、その夜を過ごした。

「先ほどの方のお勘定は……」

 苦笑する店主の、その言葉を聞くまで。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

処理中です...